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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第5章 聖夜の恋人
今日も縣は朝からぼんやりサンルームの椅子に座り、温室の花々を見るともなく眺めるきりで、何をしようともしない。
…こんな兄さんを見たのは初めてだ…。
暁の知る兄はどんなに忙しくても、人生を楽しみ時間を上手に使う明るく朗らかな人だった。
疲れていても、大変なことがあってもそんな様子を一切暁には見せない…それが兄だった。
「兄さん、疲れているみたいだね」
おずおずと暁が尋ねる。
「…そんなことはないさ」
そして、穏やかな微笑を浮かべ暁を見る。
「…暁、飯塚の件では本当に世話になったな。…お前のお陰で助かったよ…」
台風の直撃を受け、飯塚の炭鉱の従業員の長屋が土砂崩れの被害を被った時、暁はすぐに現地に飛び指揮を執り、被害者の救出そして避難所の設営、仮説住宅の建設、保証など何から何まで尽力を尽くし、不安に怯える従業員や家族にまで温かく励まし続けたのだ。
「縣の二番目の坊ちゃんも優しかねえ…」
「社長も男前じゃが、二番目の坊ちゃんも色男やけん、優しゅう声かけられて娘達が元気になったとよ!」
と、暗く沈みがちな現場が明るくなったと秘書が教えてくれたのだ。
「暁は辛い人達の心に寄り添うことができるのだな。…それは素晴らしいことだよ。私達の仕事は石炭の生産量や利益を上げることだけではない。…従業員を幸せにすることだ。それが引いては縣財閥が更に繁栄する基となるのだから。…亡くなったお祖父様の受け売りだがね」
そう言って、縣は暁をまるで子供の時のように抱き寄せ、髪にキスした。
暁の胸は甘く苦しく締め付けられる。
子供の頃は兄に抱き寄せられるとひたすらに嬉しかった。孤独な子供時代を過ごしていた暁にとって、自分を暗闇から救ってくれた兄は太陽のような神のような存在だったからだ。
辛いことや悲しいことがあっても、兄に抱き締めてもらうだけで、それらの感情は嘘のように消え、ひたすら幸福感に包まれた。
…しかし今は…。
幸福感とは別に、甘く痺れるような陶酔の感情が生まれる…。
この感情は簡単にある言葉に置き換えられることも…しかしこの感情を決して持ってはならないことも暁は分かっていた。
だから兄の抱擁の温かさと柑橘系の兄の香水から断腸の思いで離れる。
「…兄さん、パリでなにかあったの?」
兄は表情も変えずに首を振る。
「…何も…」
…嘘だ。
兄の嘘はすぐに見破ることができる。
…なぜなら…
…僕は…
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