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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 16区の恋人
麻宮侯爵はブランデーを一口飲むと、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「…私は麻宮の家には養子に入った口でね。生家は四国の片田舎の武家で…あまり裕福な家ではなかったし、しかも先祖は瀬戸内の海賊だ。養子に入って暫くは苦労したよ。編入させられた学習院にもなかなか慣れなかった。周りは華族様や由緒正しき家柄の連中ばかりだったからな…最初から銀のスプーンを咥えて生まれて来た君には理解出来まい」
縣は新しいブランデーを麻宮侯爵のグラスに注ぎながら微笑んだ。
「ご存知ですか?私の祖父は炭鉱夫ですよ。貧乏子沢山の貧しい家に生まれ、それこそ裸一貫で炭鉱業を立ち上げました。父の代で漸く爵位を賜った成り上がり貴族です」
麻宮侯爵は意外そうに縣をまじまじと見つめる。
「…それにしては君は産まれながらの貴族のようだ」
「祖父は無学な人で、尋常小学校もろくに出ていません。
学歴に大変な劣等感を抱いていたので私に英才教育を施しました。父も祖父の生まれに引け目があったらしく、猛烈に働いて軍需産業に貢献し、男爵の称号を得たのです。…だから二人は私には産まれながらの貴族のように育って欲しかったのでしょう。
私自身は、祖父の豪放磊落な生い立ちに尊敬の念を抱いていましたがね」

…縣は思い出す。
ある日、母に連れられて本家に遊びに行くと、祖父が若く美しい芸妓らを上げて、どんちゃん騒ぎをしていた光景を…。
周りの者には鬼のようだと恐れられていた祖父だったが、初孫の縣にはとにかく人が変わったように可愛がってくれた。
座敷を覗くと、祖父は上機嫌で縣を呼び寄せ、一緒に芸者遊びに興じさせた。
…と言っても綺麗な芸者の膝に乗り、お菓子を食べさせてもらったり歌を歌ったりする他愛のないものだったが、騒ぎを聞きつけた乳母が注進し、母が血相を変えて飛んできた。
顔を引きつらせながら縣の手を引き、暇乞いをする母に祖父は
「こんくらいのこんで、騒がんでもよか!男は芸者を上げて大騒ぎするくらいの甲斐性がなきゃいかんばい。礼也、よう覚えちょけ!」
と怒鳴りつけ、礼也には戯けて敬礼してみせた。

帰りの車の中で母は
「礼也さん、お祖父様のお話を真に受けてはなりませんよ。…お祖父様は所詮卑しい炭鉱夫のお血筋なのですから」と吐き捨てるように礼也に言った。
大銀行の頭取の娘の母は影では常に祖父を見下していたのだ。
そんな母が縣はとても嫌だった。
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