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第3章 16区の恋人

「うん！僕、この町をもっともっと賑やかにする！みんなが幸せに楽しく暮らせる日本一の炭鉱の町にする！」
縣は元気に答えた。
祖父は顔中をくしゃくしゃにして破顔し、縣を抱きしめた。
「さすがは儂の孫たい！礼也は優しいええ子やな。お前は儂の自慢の孫たい！」
祖父からは昔ながらの刻みたばこの匂いがした。
縣はその匂いが大好きだった。
縣と祖父は額をくっつけて笑いあった…。

…祖父が亡くなったのはそれから1年後のことであった。


…お祖父様…ごめんなさい。
僕は…炭鉱のみんなを守ることができなかった…。
みんなを幸せにするとお祖父様と約束したのに…。
ごめんなさい…ごめんなさい…。許して、お祖父様…。

幼い縣は祖父に謝り続ける。
熱い…。
身体が燃えるようだ。
誰か…誰か、助けて…。
小さな縣は助けを求めて手を差し出す。

…その時、ひんやりと冷たいしなやかな手が縣の手を包み込んだ。
額に、冷たくて気持ちの良い布が当てられる。
「…大丈夫よ。貴方は悪くないわ…何も心配しないで眠って…」
優しい声が聞こえた。
…誰だろう。
母ではない。
梨央さんでもない。
…この声を確かに私は知っている。
…とても、とても大切な人だ。
「…大丈夫よ。何も言わなくていいの。今は寝んで…」
優しい声…。
縣は必死に目を開ける。
霞の中に朧げに、美しい顔が浮かぶ。
…この人は…
光さん…。
「…ひか…るさん…」
光は縣に母親のような慈しみの微笑みを浮かべ、頷いた。
そして、優しく縣の髪を撫でると再び優しく手を握り
「…私はここにいるわ。ずっと貴方の側にいる。
…もう何も心配はいらないの。安心して眠って…」
子守唄のように静かな声で囁いた。
縣はその声に誘われるように再び瞼を閉じ、眠りの世界へと陥っていった。

…唇に、天使の羽根のように柔らかいものがそっと触れたような気がしたのは…幻だったのかも知れない…。