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暁の星と月
第1章 暗闇の中の光
「…ほら、いいから大人しくしな。…いい子にしてりゃ悪いようにはしねえからよ」
見るからに人相が悪い中年男が猫撫で声で暁に近づく。
暁は恐怖のあまり声も上げられずに、ただじりじりと狭い部屋の隅に後退りした。

…病弱な母が数日前に亡くなった。
亡くなる前に母はとんでもないことを死の床で言い出した。
「…あんたはね、松濤の縣男爵様という貴族様の落とし胤なんだよ…」
母は死を目の前に妄想に取り付かれたのではないかと暁は思った。
その胸の内を察知したかのように、母は痩せ衰えた手で…そして驚くほど強い力で暁の手を握りしめた。
「…嘘じゃないよ…あたしはお屋敷でメイドとして働いていたんだ…その時に目を掛けられて、ご寵愛をいただいて、あんたを身籠った…でも…」
母の痩せ衰えても美しい目元が悲しみで曇る。
「…嫉妬深い奥様に知られて屋敷を追い出されたのさ…」
母は弱々しく溜息をつく。
「…それからは、あんたを一人で産んで育ててきた…だけどあたしは男運がなくてね…」
…何度男に騙され、泣かされたことか…。

それは事実だった。
美人の母には切れずに男が現れた。
しかし全て、母を食い物にするようなろくでなしばかりだった。
母は身を粉にして働き…時にはいかがわしい仕事もさせられたのだと思う。
そんな思いをしても、男達はなけなしの金を母から奪うとあっけなく去って行った。

…あたしは本当に男運がないよ。貧乏で学がない女は惨めだね。
一生貧乏から這い上がれないんだ。
…暁…あんたには、そんな目に合わせたくないんだけど…
母は愚かであったが、優しかった。
なるべく学校にも通えるようにしてくれた。
しかし、母の男達は病弱な母が使い物にならないと知ると、暁に金を稼いでくるよう命令した。
母が止めようとすると男達は母に手を上げた。
殴られる母を見たくなくて、暁は男達の言うことを黙って聞いた。
小間使いのような仕事で僅かな金を稼ぎ、それすらも情け容赦なく男達は奪っていった。
暁はいつしか学校へも通わなくなった。
母が重い病を得て、倒れてしまったからだ。
男達は蜘蛛の子を散らすように消えていった。

「あたしは本当に運がないよ…でも…」
母は骨ばかりになった指で暁の頬を愛しげに撫でる。
「…あんたには…こんなところから抜け出して、陽の当たるところで生きていってほしい…」
母は弱々しく鏡台を指差した。
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