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暁の星と月
第1章 暗闇の中の光
礼也が鎌倉の母親の家を訪ねるのは久しぶりだった。
瀟洒なアールヌーボー様式の洋館を見上げながら、車を降りる。
父親が母親に慰謝料代わりに与えた広大な屋敷だ。
他にも確か、父親は京都にも屋敷を与えたはずだ。
これらを拠点に母親は好き勝手に暮らしている。
玄関ホールに入ると、案内も乞わずに母親の居間がある二階へと続く階段を足早に駆け上がっていると、家政婦が慌てて追いかけてきた。
「…れ、礼也坊っちゃま!今…今、奥様にはお取り次ぎいたしますから!」
礼也は慣れた様子で、家政婦に尋ねる。
「…お母様の愛人が来ているのか?それなら遠慮するが…」
「い、いえ…まだでございますが…」
と思わず答えてしまい、家政婦は慌てて口を噤む。
礼也は苦笑する。
「心配するな。先刻ご承知さ。話が済んだら帰るから」
「坊っちゃま!」
母親の居間のドアをノックしながら声をかける。
「お母様、入りますよ」
居間に入ると、豪奢な辻が花染めの着物を身に付け、派手な帯を締め、しっかりと化粧をした煌びやかな装いの母親が出掛ける支度をしていた。
母親は礼也を見ると、あらと目を見開いた。
「まあ、礼也さんがこちらに顔を出すなんて、珍しいこと」
「…ご機嫌麗しゅうお母様…と、申し上げたいところですが…」
礼也は唇に笑みを浮かべつつ、やや口調を改めて話し出す。
「私がなぜ今日ここに来たのか、お判りではありませんか?」
母親は澄ました顔のまま礼也に首をかしげて見せる。
「さあ、全く見当もつかないわ」
礼也の切れ長の眼差しがきらりと光る。
「…では端的に申し上げましょう。お母様が昨日、ヤクザ者を寄越していかがわしい店に売り飛ばそうとした私の弟ですが、松濤の屋敷に引き取りました。
これから私が亡くなった彼の母に代わり、彼を育ててゆくつもりですので、そのようにお見知りおきを…」
母親の美しいがきつい眦がつり上がった。
「なんですって⁈屋敷に引き取った?
礼也さん、貴方は何を考えているの⁈私がせっかく、貴方の為を思ってあの泥棒猫が生んだ息子を厄介払いしたと言うのに!」
「私の為?」
「ええ、そうよ。あのどこの馬の骨とも分からない子が縣家の財産分与を主張したら貴方にとって厄介だから、私が始末しようとしたのに!」
礼也は穏やかだが、怒りを秘めた口調で答える。
「何と言うことを…。暁は私の弟ですよ。しかもまだ幼気な子供だ」
瀟洒なアールヌーボー様式の洋館を見上げながら、車を降りる。
父親が母親に慰謝料代わりに与えた広大な屋敷だ。
他にも確か、父親は京都にも屋敷を与えたはずだ。
これらを拠点に母親は好き勝手に暮らしている。
玄関ホールに入ると、案内も乞わずに母親の居間がある二階へと続く階段を足早に駆け上がっていると、家政婦が慌てて追いかけてきた。
「…れ、礼也坊っちゃま!今…今、奥様にはお取り次ぎいたしますから!」
礼也は慣れた様子で、家政婦に尋ねる。
「…お母様の愛人が来ているのか?それなら遠慮するが…」
「い、いえ…まだでございますが…」
と思わず答えてしまい、家政婦は慌てて口を噤む。
礼也は苦笑する。
「心配するな。先刻ご承知さ。話が済んだら帰るから」
「坊っちゃま!」
母親の居間のドアをノックしながら声をかける。
「お母様、入りますよ」
居間に入ると、豪奢な辻が花染めの着物を身に付け、派手な帯を締め、しっかりと化粧をした煌びやかな装いの母親が出掛ける支度をしていた。
母親は礼也を見ると、あらと目を見開いた。
「まあ、礼也さんがこちらに顔を出すなんて、珍しいこと」
「…ご機嫌麗しゅうお母様…と、申し上げたいところですが…」
礼也は唇に笑みを浮かべつつ、やや口調を改めて話し出す。
「私がなぜ今日ここに来たのか、お判りではありませんか?」
母親は澄ました顔のまま礼也に首をかしげて見せる。
「さあ、全く見当もつかないわ」
礼也の切れ長の眼差しがきらりと光る。
「…では端的に申し上げましょう。お母様が昨日、ヤクザ者を寄越していかがわしい店に売り飛ばそうとした私の弟ですが、松濤の屋敷に引き取りました。
これから私が亡くなった彼の母に代わり、彼を育ててゆくつもりですので、そのようにお見知りおきを…」
母親の美しいがきつい眦がつり上がった。
「なんですって⁈屋敷に引き取った?
礼也さん、貴方は何を考えているの⁈私がせっかく、貴方の為を思ってあの泥棒猫が生んだ息子を厄介払いしたと言うのに!」
「私の為?」
「ええ、そうよ。あのどこの馬の骨とも分からない子が縣家の財産分与を主張したら貴方にとって厄介だから、私が始末しようとしたのに!」
礼也は穏やかだが、怒りを秘めた口調で答える。
「何と言うことを…。暁は私の弟ですよ。しかもまだ幼気な子供だ」