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暁の星と月
第7章 愛と哀しみの円舞曲
淑やかな所作で静かに入って来たのは、西坊城絢子…大紋の婚約者だった。
突然の出来事に暁は言葉を失い、立ち竦む。
なにも知らない雪子は無邪気に絢子を手招きし、説明する。
「…実は今日、絢子様と銀座でお食事するお約束だったの。で、せっかくだからお兄様もお誘いしましょうと事務所に伺ったら、暁様のお店に開店お祝いにいかれていると聞いて…それなら二人でまいりましょうと浅草まで出て来たの」
「…そうですか…絢子さん、ようこそいらっしゃいました…」
自分の声が震えてないか、おかしくはないか、暁は冷静に考えながら笑顔を作る。
絢子は無垢な笑顔で恭しくお辞儀し、和かに挨拶をする。
絢子は雪子に合わせたのか、洋装だった。
藤色に小花模様のふんわりと袖が膨らんだ愛らしいドレスが良く似合う。
長い髪を綺麗にカールさせ、珊瑚の髪留めで留めていた。
「縣様、お久しぶりでございます。本日は急に押しかけまして、申し訳ありません…。…あの、開店おめでとうございます」
「とんでもありません。…こんな下町の洋食屋に…わざわざありがとうございます」
ふっと背後に温かな人の気配を感じた。
厨房から出てきた月城がさり気なく床に落ちていたメニューを拾う。
そっと渡しながら暁を気遣う。
「…暁様…大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫…」
月城の心配そうな眼差しに、少し励まされる。

奥の席から、大紋が慌ただしく現れる。
「…雪子…!…お前、なぜここに…絢子さん…!」
大紋は暁を見て、苦しげに唇を結ぶ。
暁は平静を装う。
雪子はにこにこしながら兄に話しかける。
「お兄様ったら、暁様のお店に来られるなら最初から仰って下されば良かったのに。…絢子様も、お兄様とお会いしたかったわよね。ね?絢子様?」
絢子は大紋が困惑しているのに敏感に気づき、申し訳無さげに頭を下げる。
「…申し訳ありません、春馬様…勝手に伺ったりしまして…」
大紋が慌てて安心させるように
「いえ、絢子さんは悪くはないのです。…雪子が振り回したのではありませんか?」
と、優しくそっと背中に手を置く。
暁の胸は鈍く痛んだ。

「…では、雪子さん、絢子さんもどうぞ奥のテーブルにお掛けください。春馬さんと三人でごゆっくりお過ごしください」
暁は和かに笑顔を作りながら、三人を奥のテーブルに案内する。
厨房では月城が眉を顰めながら、暁を見守っていた。


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