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暁の星と月
第8章 月光小夜曲
風間忍はもの慣れた様子で、ホテル・カザマのバーのフロアを歩く。
従業員が慌てて、接遇するために近づくのを手で制すると、窓際のテーブルで一人ぼんやり外を眺めている一際美しい青年に目を遣った。

…艶やかな黒髪、白皙の額、優美な眉、長く濃い睫毛は夢見るような表情を醸し出し、漆黒の闇を映すしっとりとした黒い瞳を覆っている。
彫刻刀で刻んだような繊細な鼻筋、形の良い唇は露に濡れた花のようだ。
薄いクリーム色のシャツにココアブラウンのネクタイ、チャコールグレイの仕立ての良いツイードのスーツが良く似合う。


全てが溜息が出るほどにきらきらしく美しい姿の筈なのに、彼から放たれる印象はどこか儚げで、寂しげなものだった。

風間は暫く彼…暁を見つめていたが、一呼吸すると陽気な声を上げて、彼に近づいた。
「やあ、縣!待たせたね!」
暁はゆっくりと風間を振り返る。
美しい貌に親しげな笑みが浮かんだ。
「…ご無沙汰しております。風間先輩…」
きちんと頭を下げる暁の前に座りながら、貌を覗き込む。
「…相変わらず綺麗だ。…いや、何だか美貌に凄みが出てきたね」
暁は苦笑する。
「先輩は相変わらずですね…」
ウェイターにブランデーを頼みながら、やや戯けたように口を開く。
「俺がパリにホテルの勉強に行っている数ヶ月の間に色々起きたらしいね。すっかり浦島太郎だ。
…大紋先輩が結婚したって…?…大丈夫?」
最後は心底、労わるような口調だった。
暁は表情が読み取れない薄い笑いを浮かべる。
「…大丈夫です」
「…何があった、縣…」
卓に置かれたほっそりとした白く美しい手に手を重ねる。
暁の手が一瞬震える。
「…もう…いいんです。…全て終わったことですから…」
風間の片方の手が、暁の繊細で美しい顎を捉える。
「…未亡人のような貌をしている。…凄く色っぽい…」
「先輩…。人が見ますよ」
「俺のホテルだからね。…皆見て見ぬ振りだ」
おおらかな言葉に暁は小さく笑う。
薄赤い唇が艶やかに歪められた。
風間は意外なものを見たように眼を見張る。

「…チャンスが巡って来たと思っていいのかな?」
試すような言葉が耳元で囁かれる。
「…ご随意に…」
暁の潤んだ黒い瞳が風間を誘うように見つめる。
「…随分、悪い子になったな…」
握りしめた手を引きながら立ち上がる。
暁は謎めいた表情のまま微笑む。
「…おいで、暁…」



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