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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
「…春馬さん…」
大紋の言葉が胸に突き刺さる。
…ずっと…ずっと大紋を失った哀しみと苦しみに耐えていた暁の心は今にも決壊しそうであった。
「…教会での君の姿は…幻ではなかった…君も僕をずっと愛してくれていたんだね…」
暁は堪らずに瞼を閉じる。
暫くして、ゆっくりと瞳を開き…戦慄く唇で答える。
「…そうです…僕は…ずっと…貴方を愛していた…あの頃は…貴方を失うのが怖くて…ずっと言えなかった…」
「暁…!」
大紋が息が止まるほどに暁を抱き締める。
男の逞しい胸と、彼の懐かしい薫りに、暁の心は脆く崩れだす。
男の上質なスーツを涙で濡らしながら、暁は首を振る。
「…でも…もう遅いのです…。僕たちはもう…別の道を歩き出してしまった…」
大紋は強い眼差しで暁を見つめながら、すかさず答える。
「遅くはない。…遅くはないよ…暁…」
「…春馬さん…」
大紋はかつて癖のようによくしていた暁の頬を愛しげに撫でる。
そしてどこか哀しげな、しかし温かい…夢を見るような眼差しで語り始めた。
「…ここの事後処理が全て終わったら、一緒に大陸に渡ろう…福岡から大陸はすぐだ。…そこから、欧州に…二人で英国に行くんだ…あそこには大学で出来た友人がたくさんいる…。きっと力になってくれる…。
二人で一緒に英国で人生をやり直すんだ…君がいれば…君さえいれば…僕は何でもできる…」
…美しい夢のような話だ。
…だが、大紋の温もりに包まれ、飢えていた愛のくちづけと言葉を与えられた暁は、その話を信じたかった。
信じて、何も考えずに、この初恋の男の胸で生きていきたかった。
「…春馬さん…」
暁のとめどない涙を封印するかのように、大紋は優しく暁の貌を引き寄せ、再びくちづけしようとした。

…ふと、建物のどこかで、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
…赤ちゃん…泣いている…まだ、具合の良くない子どもがいるのだろうか…。

ぼんやり思いを馳せている暁の耳に、礼也の言葉が蘇る。
「…春馬に子どもが生まれるらしい。…今、漸く安定期に入ったそうだ…」
…子ども…
…春馬さんの子ども…。

暁ははっと我に帰り、身体を震わせると渾身の力を振り絞り、大紋を突き放した。
「…暁…?」
怪訝そうな貌をする大紋に、暁は感情を押し殺し、告げる。
「…できません…。…だって…春馬さんには…子どもが…生まれるんでしょう…?」
大紋の貌が引き攣る。



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