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暁の星と月
第9章 ここではない何処かへ
…こんな殺伐とした事務所の一角にいても、彼は奇跡のように美しかった。
蒼ざめた白皙の美貌…
漆黒の闇のような潤んだ瞳…
熟れた果実のような紅い唇…
甘く切ない異国の花のような薫り…
…僕が、唯一愛した青年だ。
本当は彼を今すぐに奪い、連れ去り、二人だけの世界へ逃避行したい。
…だが、やはりそれは見果てぬ夢なのだ…。
彼は大紋が苦しむことを気に病んでいたが、暁も…恐らくは礼也のことを思い、苦しむに違いない。
…彼を救い出し、大切に育てあげてくれた…彼にとって神のような存在の兄を…
暁は決して裏切ることはできないのだから…。
…だから、大紋は静かに立ち上がり、出会った頃の少年の暁にするように、慈愛に満ちた仕草で髪を撫でた。
「…分かった…。…君は正しい…。
僕たちの道はもう、交わらないところまで来てしまったのだ…。
…だが、これだけは忘れないでくれ。…僕が愛する人は君だけだ。…僕はこれからも妻を大切にし、生まれてくる子供も可愛がるだろう。
…恐らく、穏やかで幸せな人生を歩むに違いない。
人は僕を愛妻家で、子煩悩な父親だと思うかも知れない…。
もちろんそれは嘘ではない。
…だが、僕がいつか生涯を終える時…思い出すのは君のことだ。…永遠に…暁だけを愛している…。それは誰にも止められない…」
「…春馬さん…」
涙に滲み、大紋の貌がよく見えない。
温かな彼の大きな手が、暁の涙を拭う。
「…幸せになってくれ。…僕は誰よりも、君の幸せを祈っている。…祈ることしかできない僕を許してくれ…」
大紋の手が、暁から離れる。
温もりが途絶え、彼は暁に背を向けた。
手を伸ばせば、男の身体に触れることができるのに…
暁は唇を噛み締め、自分の溢れ出る情動と闘う。
…いかないで…
心の中だけで呟く。
…本当は彼を妻のところへなど帰したくない。
自分のものにしたい。彼と二人で生きてゆきたい。
…だが、できない。してはならない。
心と身体がばらばらになりそうになっても、暁は必死に耐え続ける。
…大紋が静かに扉を開き、部屋を出る。
遠ざかる足音がやがて消えた。
…暁は声を押し殺し、一人泣いた。
泣きながら、ひっそりと心に決めた。
…もう、二度と…恋はしない…
…もう、二度と…人を好きにはならない…と…。
蒼ざめた白皙の美貌…
漆黒の闇のような潤んだ瞳…
熟れた果実のような紅い唇…
甘く切ない異国の花のような薫り…
…僕が、唯一愛した青年だ。
本当は彼を今すぐに奪い、連れ去り、二人だけの世界へ逃避行したい。
…だが、やはりそれは見果てぬ夢なのだ…。
彼は大紋が苦しむことを気に病んでいたが、暁も…恐らくは礼也のことを思い、苦しむに違いない。
…彼を救い出し、大切に育てあげてくれた…彼にとって神のような存在の兄を…
暁は決して裏切ることはできないのだから…。
…だから、大紋は静かに立ち上がり、出会った頃の少年の暁にするように、慈愛に満ちた仕草で髪を撫でた。
「…分かった…。…君は正しい…。
僕たちの道はもう、交わらないところまで来てしまったのだ…。
…だが、これだけは忘れないでくれ。…僕が愛する人は君だけだ。…僕はこれからも妻を大切にし、生まれてくる子供も可愛がるだろう。
…恐らく、穏やかで幸せな人生を歩むに違いない。
人は僕を愛妻家で、子煩悩な父親だと思うかも知れない…。
もちろんそれは嘘ではない。
…だが、僕がいつか生涯を終える時…思い出すのは君のことだ。…永遠に…暁だけを愛している…。それは誰にも止められない…」
「…春馬さん…」
涙に滲み、大紋の貌がよく見えない。
温かな彼の大きな手が、暁の涙を拭う。
「…幸せになってくれ。…僕は誰よりも、君の幸せを祈っている。…祈ることしかできない僕を許してくれ…」
大紋の手が、暁から離れる。
温もりが途絶え、彼は暁に背を向けた。
手を伸ばせば、男の身体に触れることができるのに…
暁は唇を噛み締め、自分の溢れ出る情動と闘う。
…いかないで…
心の中だけで呟く。
…本当は彼を妻のところへなど帰したくない。
自分のものにしたい。彼と二人で生きてゆきたい。
…だが、できない。してはならない。
心と身体がばらばらになりそうになっても、暁は必死に耐え続ける。
…大紋が静かに扉を開き、部屋を出る。
遠ざかる足音がやがて消えた。
…暁は声を押し殺し、一人泣いた。
泣きながら、ひっそりと心に決めた。
…もう、二度と…恋はしない…
…もう、二度と…人を好きにはならない…と…。