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暁の星と月
第12章 堕天使の涙
ふふ…と光はわざと軽く笑ったが、その表情は傷つき易い少女のように強張っていた。
「…舞台の上で、いざ服を脱ぐ時になったら、身体が震えたわ…。怖くて怖くて堪らなかった。…自分が惨めで惨めで堪らなかった…」
光は自分の身体を抱きしめた。
…苦労知らずのお嬢様が…どれだけ屈辱的だっただろう…。
その辛さは想像に難くない。
「…覚悟を決めて、脱ごうと思った時…礼也さんが客席から現れたの。彼はジュリアンに誘われて冷やかしのつもりで来ていたらしいんだけど、舞台の私を見つけて、叫んだの。
光さん!止めなさい!て…。
それで、彼は舞台に上がって私をその場から連れ出したわ。舞台のギャラのお金は全て彼が払ってくれた…。
礼也さんは私のことなんか好きでも何でもなかったはずなのに…。凄く真剣に怒って心配してくれたの。
それから、私の安アパルトマンに来てくれて仕事を紹介してくれて…。それから…色々あったわ。苦渋の選択で恋人と別れる時も、彼はずっと私のそばにいて私を慰めてくれた。
…こんなみっともない真似ばかりした私を日本にまで追いかけて、お見合いまでぶち壊してくれて…。
彼は完璧な紳士なのに、私みたいな欠点だらけの女をそのまま受け入れてくれたの…」
「…光さん…」

…光さんは完璧な人生ではなかった…。
完璧な人でもなかった。
屈辱も惨めな思いも辛い経験も経て、兄さんに巡り会い愛された人だったのだ。

…完璧な人生なんて、どこにもないのかも知れない。
僕は、僕ばかりが惨めで可哀想で不幸だと決めつけていた。
…僕は、兄さんや春馬さんや月城に愛された幸せな人生なのに、自分を僻んで蔑んでいた…。
なんと不遜な心だったのだ。

暁の瞳から透明な涙が流れ出す。
光は少しも慌てずにハンカチを差し出した。
「ジゼル」で光に差し出した暁のハンカチだった。
…端し少し焦げていた。
暁が眼を見張る。
「生まれて初めてアイロンを掛けたの…少し焦げちゃった…。ごめんなさいね」
光は済まなそうに笑った。
「私ね、暁さんから礼也さんを奪ってしまったような気がしていたの。暁さんにとって礼也さんは特別なのよね。礼也さんもそう思っているわ。…だから、私は礼也さんを独り占めする気はないの…私は暁さんのお姉様になりたいの。家族になりたいの…。だって貴方は、礼也さんが誰よりも愛する最愛の弟なんですもの…」
光はそう言って微笑った。
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