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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
啜った味噌汁が口内に沁みて眉を顰めた。箸を置いて頬を擦ると向かいに座ったチカはやや心配そうな顔つきになる。
「沁みる?」
「ちょっとね」
「腫れは残ってないけど…足は?痛いなら今日会社休んじゃえば?」
「すたすた歩かなければ平気。今日少し早めに出るね」
言いながら残りの朝食をかき込む。土曜の晩に隼人に叩かれた頬の腫れが残らずに済んで良かった。頬が腫れたまま藤くんと顔を合わせれば彼は自分を責めてしまうだろう。浩志が手当てしてくれた足の裏も傷は塞がりきっていないが歩けないほどでもない。
彼は、私が目覚める前に駅前のコインロッカーに預けた私の荷物を取りに行ってくれていた。色々と私に言いたいことがあるような雰囲気であったが、言葉少なく簡単な食事を取った後、チカの家まで土産の野沢菜の漬物と共に送り届けてくれたのだった。
「あ、ねえ、チカ、不動産屋って仕事終わってからでも間に合うかな?」
出勤準備に取り掛かりながら問いかけるとクローゼットを漁っていたチカはこちらを振り返って首を傾げた。
「17時とかまでなんじゃない?なに、引っ越すの?」
「17時はきついな…。いずれ戻るにしたってやっぱりあのマンションに戻るのは危ないし…早めに物件探しだけでも始めようかなって」
「ああ…隼人?隣に住んでんだっけ。てか、あんたちゃんと殴り返したの?」
「いや、殴り返す前に浩志に止められた」
着替えと化粧を終えて立ち上がる。忘れ物はないかな、と鞄の中を改めながらスマホがないことを思い出した。そうだ、あれはまだ藤くんが持ったままだ。特にあってもなくても変わらないので没収されたままだということをすっかり忘れていた。
昨日は夕方に浩志に送り届けてもらってからチカに事の顛末を話した。隼人に遭遇し、トラブルになったこと、それから浩志に助けられ、彼の自宅で藤くんには言えなかったことを浩志にはすんなり言えたこと。チカは私が浩志にそれを言ったことを意外に感じたようだった。
「とりあえずもしまた隼人に会ったら一発殴る。ってことで、行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい。遅くなるようなら連絡必須!」
はーい、と返事をしながら足に優しめな靴を履いて玄関を飛び出す。近頃はそう見なかったどんよりと暗い空。今にも雨が降り出しそうだった。