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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
「顔、赤いですよ」
「…き、気のせい。手、手を離してください」
「美味しかったんでもう一口ください」
「じゃ、じゃあもう1個頼もう」
苦し紛れに言うと彼はゆっくりと首を横に振って、私の手首を離した。妙にどきどきしながら溶けかけたシャーベットをもう一口分掬い取る。私が差し出したスプーンへ顔を寄せて、惜しむように口にする。満足そうに微笑んだ顔。目尻に寄った微かな皺。抱き着きたい。家の中だったら躊躇なく縋りつくのに。
「溶けちゃいますよ」
硬直する私の手からスプーンを奪い取って、彼は残りわずかなシャーベットを掬った。はい、と差し出されるスプーン。ぽたりと垂れ落ちそうなシャーベット。にこにこと微笑んだ顔を見ながら小さく口を開く。冷たさは感じるものの味はよく分からなくなっていた。
どきどきが治まらないまま焼肉屋を出たとき、時刻はまだ22時少し前で私の出端を挫いた雨はすっかり止んでいた。駅へと向かう僅かな道のり。もう少し藤くんと一緒に居たかった。きゅっと彼のシャツの裾を掴むと、どうしました?と振り返る。
「もう1杯だけ飲んでいかない?」
駅の傍のビルを指さしながら言う。看板から察するに3階にはバーが入っているようだ。藤くんは答える代わりに彼のシャツを掴む私の手を取った。
薄暗い店内のカウンター席。私は飲み慣れたハーブリキュールをジンジャーエールで割ったものを頼み、藤くんは聞き慣れない名前カクテルを頼んだ。一口分けてもらったそれはウォッカの味とパイナップルジュースの味がしたような気がする。
カウンターの下で時折、私の太腿を撫でる彼に、だめだよ、と言いながら頭部を彼の肩に預けた。1杯のカクテルをじりじりと時間をかけて愉しむ。最後の一口を飲んだ時に口の中に残った甘さと苦味は胸の中のざわめきによく似ていた。