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サイレントエモーショナルサマー
第34章 psicologia
私は今、全神経を研ぎ澄ませ、紙製の型と向かい合っている。液を掬い取ったおたまを持つ手がふるふると震えていた。こら、緊張するな。治まれ。火加減はチカ邸の高級オーブンがばっちり調整してくれるのだ。私に残された任務は目の前に並べた10個の紙型に作り上げた生地を均等に流し込むだけである。
「…あのさ、カップケーキってそんなに鬼気迫る顔で作るもんじゃないと思うんだけど」
「ちょっと話しかけないで。真剣勝負なんだから」
「いや、勝負ってあんた…ああ、ほら、零れた」
「あー!もう!苛々する!」
どろりと流れ落ちた生地が忌々しい。苛立っておたまを放り出しそうになったのをぐっと堪え、息を整えた。そんな無様な私の前でチカ様は浩志の土産の野沢菜の漬物と白ワインを堪能中である。ついでに言うと彼女は半笑いだ。
成瀬ちゃんは今日も手作りのお菓子と共に私の前に現れた。浩志はデスクで仕事をしていると言うのにわざわざトイレに立った私を捕まえて、手作りのクッキーを浩志に渡してくれと私に押し付けたのだ。
なんとも言えない気持ちでそれを浩志に渡すと、やつはお前もこれくらい出来た方が良いと言った。そこで私はぶちっと来て業務後にスーパーに寄って色々な食材と共に製菓材料と型を購入。チカとふたりで夕食を取ったのち、現在に至っている。
「なにが、お前も出来た方が良いだよ。くそ!腹立つ!食べたいなら買えっつーの!」
「いやいや、言い方はどうあれあんたが作ったのが食べたいんだって。ま、煽られて材料買って帰ってくるなんて志保にも可愛いとこあったのね。お腹捩れそう」
「違うもん!藤くんにあげるの。藤くんなら絶対美味しいって言ってくれるし。あ、余ったら浩志にあげなくもないけど」
「ふうん?明日は早起きしてお弁当も作るんでしょ?出来るかなーいきなり3人分」
「ち、チカ様…弁当はお助け願いたい…」
「黒い弁当にならないように助けてあげよう」