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サイレントエモーショナルサマー
第37章 Passione
「藤くんが残業珍しいね」
「……ちょっと集中出来なくて」
「柄にないことするからだよ。キスする?」
「………会社ですよ」
「いつも会社で迫ってきたの藤くんでしょ」
「それはそれ。これはこれです。俺はね、今、耐えてるんです。誘惑しないでください」
「耐えなくていいよ。キスしてくれなきゃ明日出張先でハンティングしちゃうかもよ。いいの?」
わざと意地の悪いことを言うと、藤くんは眉間に皺を寄せた。この表情は結構かっこいい。
「ほんと、志保さんってイケナイ女」
「それ、久しぶり」
ふふっと笑うと腕を引かれた。何事かと目を瞠れば藤くんの空いた手が私の頬に触れて唇が塞がれる。数日振りの薄くて熱い唇。甘くて、悲しい毒だ。
「……おにぎりのお礼です」
「……うん」
「いま、おにぎり買って来ればキスするって思いました?違いますからね」
「分かってるよ」
「どうだかなぁ。志保さんおバカさんだから」
完全に私を小ばかにした息をついて、おいで、と私を導く。今日は甘やかしてくれるらしい。いそいそと彼の足の上に納まるとぎゅうっと強く抱き締めてくれる。
「…明日朝一から出張で土曜の午後に戻るの。そしたら私の話、聞いてくれる?」
「…はい」
小さく答えて、それ以上喋るなとばかりにキスで口を塞いでくる。空白を埋めるようなキスが愛おしくて、やっぱり少し悲しい。
これが、最後だ。別れの意味を込めた最後のキスは涙の味がしたような気がした。