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サイレントエモーショナルサマー
第37章 Passione
会社に戻ってからの部長は仕事モードで、急な話だが明日、明後日と出張に出てくれと言われた。了承して、出張届を作成し判を貰う。金曜の朝一で関西に向かい、戻りは土曜の午後だ。藤くんに伝えた方が良いのだろうか。キスもセックスもしないと宣言した彼が土曜を私の為に割いてくれるのか分からない。
一先ずその件は脇に置いて仕事を片付けた。定時を1時間ほど過ぎてから会社を出ていく浩志を見送って、私も帰り支度に取り掛かる。持っていく資料を鞄に詰め込みながらふと顔を上げると藤くんが珍しく残業しているのが見えた。彼の周囲の席の社員は帰宅しており、声をかけるなら今がチャンスと言える。
どうしよう。でも、声を聞けば私はキスをねだる。もっと触れて、抱き締めて、と言うに違いない。その行為はきっと彼の不安を煽るのだろう。うぬぬ、と唸りをあげて藤くんの姿を視界から追い出しながら会社を出た。
出たはいいものの、足は中々駅へ向かわなかった。うろうろと行ったり来たりを繰り返し、意を決してコンビニへ駆けこむ。買い物を済ませて会社に戻るとフロアでたったひとり残った藤くんはまだなにか作業をしていた。
「……おつかれ」
そっと近寄って声をかける。はっと顔を上げた彼は声の主が私だと気付くと顔を綻ばせた。くそう。触りたい。願望をぐっと堪え、コンビニの袋を彼へと差し出す。
「お腹空いてるかと思って…藤くんおにぎり梅が好きって言ってたよね」
がさがさと音を立てて袋の中を見ていた彼は私の言葉でどこか嬉しそうな顔つきになった。ああ、そうだ、この顔だ。少し幼くて、可愛い。
「隣、座ってください。志保さんも一緒に食べましょ」
そう言って隣の席の椅子を引く。おにぎりはいくつか買ってきていた。いいの?と問うと、もちろん、と微笑む。そっと隣に座ると僅かに藤くんの匂いが鼻先を掠めていった。