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サイレントエモーショナルサマー
第38章 affetto
ビジネスホテルの堅いベッドで眠りについた夜は夢のない夜だった。目が覚めたとき、不思議と『彼』の温もりが傍にあるような気がしてごわつくシーツを撫でてみたが、ひやりと冷たいだけだった。
チェックアウト後に喫茶店で簡単な食事を取ってから仕事に勤しんだ。帰りの新幹線の時間ぎりぎりに業務が片付いてチカへの土産は駅のホームで買った。
土産と一緒に買ったコーヒーを飲みながらしばし窓の外を流れる景色を眺めていた。瞼を下ろすと瞬く間に過ぎてきたこの夏の日々が脳裏に甦る。人の様々な表情をみた夏。足元を絡め取っていた過去を踏みつけ、私はやっとその上に立つことが出来た。
今日はこのまま直帰できる。一度、チカの家に戻って荷物を置いたら藤くんに連絡を入れよう。2時間弱の移動の後、そう思いながら巨大な駅のコンコースを抜けようとすると、駅ビルの入り口あたりに立つ人影に気付く。
「おかえり」
「どうしてここに居るの?」
「お前は話したいんじゃないかと思って」
「ずっと待ってたの?朝から?」
「行き先とスケジュール見れば何時に戻ってくるかなんか分かるに決まってんだろ」
私を待ち構えていた浩志はさっと私の荷物を取って歩き出した。言葉なく、ただついていく。20分ほどゆっくりと歩いて彼は都立公園へと入って行く。週末にはイベントが開催されていることの多い場所だが、今日はなにも催し物はないらしい。とは言え老若男女、様々な人の姿があり賑わいをみせている。
中央の大噴水の近くのベンチに腰を下ろして目の前の景色をぼんやりと見つめた。浩志は私を気遣って来てくれたのだろう。私から話を切り出さなければ。そうは思ってもごくりと喉が鳴るばかりで、言葉が上手く出てこない。
「…結構、色々行ったよな。殆ど映画ばっかだったけど、こうやって散歩したり。一緒に居るのにうちでずっと本読んでたこともあったな」
「…そうだね」
「お前が会社に入ってきて、気付いたら一緒に居るようになって、いつの間にか凄く時間が経ってた」
「…うん」
ざあっと風が吹いて、私の毛先を浚う。瞬きをして、深く息を吸った。
「…私、浩志に恋してたんだと思うんだよね。浩志はね、私にとって男でも女でもなく、ただ中原浩志って言う存在で…でも、その浩志が急に男性になって、どきどきしたり、成瀬ちゃんの影を感じてイライラしたりした…浩志のこと好きなんだと思う」