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サイレントエモーショナルサマー
第38章 affetto

きゅっと握った拳は暑さと緊張の汗でじっとりしている。代わる代わる耳に入ってくる賑やかな声を聞きながら私はなおも口を開く。

「でもね、浩志といると過去が良かったなってそればっかり思うの。楽だったころに戻りたいって。今まで以上になる未来は見えないんだ。浩志には感謝してる。今まで、傍で見守ってきてくれて本当にありがとう。私はあなたになにも返すことができなくてごめんなさい」

目の奥が熱い。泣くな、自分。ぐっと唇を噛み締めて視線を遠くへ逃がした。ふと隣に座っていた浩志が動く気配。ゆっくりと伸びてきた手は今までと変わらぬ優しさとあたたかさを持って私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「私…私ね、藤くんのこと、」
「それを先に俺に言うな。ちゃんとあいつに伝えてやれ」

続く筈の5音は浩志の声で遮られる。こくんと頷くとそのまま涙が溢れだしそうだった。だから、泣くな自分。ふるりとかぶりを振ると頭を撫でていた浩志の手に頬を抓られる。

「……泣くなよ」
「まだ泣いてない」
「そろそろ泣くだろ」
「泣かないよ」
「俺のことは気にするな。今にお前よりいい女捕まえてやるから。後悔すんなよ。もうおせーぞ」
「…うん」
「藤のとこ、行ってやれ。振り返るなよ。次、会社であっても泣きそうな顔すんな。俺らはもうただの同僚だ」
「……うん」
「泣くとブスになるぞ。ほら、早く行け」

促されて、立ち上がる。最後に見た顔は優しく微笑んだ顔だった。ありがとう。小さく言って重たい荷物を片手に少しだけ早足で歩き出す。

歩きながら鞄からスマホを取り出して、藤くんの番号を呼び出す。今日、話をして彼は私の言葉を素直に受け止めてくれるだろうか。嬉しいと抱き締めてくれるだろうか。たくさんの藤くんの表情を思い出しながら公園を抜け大通りに出た。
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