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銀木犀の香る寝屋であなたと
第3章 婚姻
 文弘に妾があてがわれた。名前はキヨと言い、小作人の一番末っ子で一八歳になる。
家柄は低いが多産である家系ということとで選ばれた。
文弘の子供が産まれれば、即、引き取り謝礼を払い、その後のキヨは良いところに縁談をまとめるということで話はついている。

 この話を出したとき、文弘がまず難色を示した。

「必要ないと思いますよ、妾など」
「文弘さん……。もうお父さまの容態も思わしくないのよ。世間体もあることだし」

「珠子にも話してみないと」
「そう……」

 文弘はなかなか珠子を気に入っているようで、彼女への気遣いが見て取れる。しかし悠長にはしておれず、高子は珠子に哀願するように話した。

「珠子さん、承知してくださらないかしら?」
「お妾さんですか……」

「珠子さんに不自由な思いも気づまりな思いもさせることはありません。お子が産まれたら引き取ってあなたが母親として育てることになりますから。
ああ、もちろん乳母が居ますからね。珠子さんは可愛がるだけでよろしいのよ」
「は、はあ……」

 珠子はどう感じればいいのか分からなかった。嫌だとも好ましいとも思わなかった。
ただ、幼い産まれたばかりの赤子が母親と離されることが気の毒に感じる。

「ね?悪い話じゃありませんのよ?」

「……どうぞ、お義母さまの仰るようになさってください」
「よかったわ。珠子さんなら承知してくれると思っていたの」

 藤井家に輿入れした時から、自分の意思が通ることなど考えたこともなかったし、通そうと思ったこともない。せいぜい洋服を仕立てるときに生地や柄、色を選ぶくらいだろうか。(文弘さんもお子が欲しいわよね……)

 自分に子供が授からないことが悲しくもなかった。この家に赤子が来ることが最善なのだろうと珠子は思い、高子の判断にゆだねた。
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