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銀木犀の香る寝屋であなたと
第6章 再生
「あの。女給募集とありますが、お話伺えますでしょうか?」

 小さいがモダンな洋館が新しくできており、活気のある街に新しい文化の香りを運んでいる。どうやら、この町で初めての洋食屋が開店するようだ。
珠子は店に入り、まだ開店前の店内を一望した。

「来週、開店するんですが、なんせ田舎なので女給がこなくてねえ。あなたが初めてですよ。若い娘がチラチラ張り紙を見てはいるのだが」

 背が高く、八の字のしゃれた髭とポマードで整えられた髪の店長がにこやかに言う。

「あのう。どんなお仕事でしょうか。やらせてもらえるならお願いしたいのですが」

「うーん」

 店長はカイゼル髭を人差し指と中指でつまみ、するっと整えて下から上まで珠子を眺める。

「あなたはどこぞのいいところの奥様ではありませんか?ご家族はご存じなのですか?うちは飯屋だから都会のカフェーと違って男の相手をすることはないけれど……」

「男の相手……?」

「いや。まあお食事を運ぶ仕事です。ただ風俗と勘違いする男もいるだろうから、嫌な思いをすることもあると思いますよ。……まあ、だからいまだに誰も求人に食いついてくれなかったわけですが……」

「あの、私、どうしても働く必要があるのです。夫はすでにおりませんが、養う家族がいるのです」

 必死の珠子の訴えに店長はうんうんと頷いて「わかりました」と手を差し出した。

「オーナーの井川三郎です。ではお願いしますよ」

「はい。藤井珠子です。どうか、どうかよろしくお願いいたします」

 差し伸べられた手に、すがる様に珠子は固い握手を交わした。久しぶりに安堵し帰宅した。
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