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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第1章 夏の華
「月城くん。私は出て行くから、ここで話したら?」
狭霧が顔を出し、二人に微笑みかける。
「…いえ、結構です。…暁様、こちらへ…」
狭霧に借りを作ったら、後で何を言われるか分からない。
月城は暁の背中を押し、執務室の隣のワインセラー室に引き入れる。
ワインセラー室の鍵を持っているのは執事の月城だけだからだ。
月城は中に入ると鍵を掛けた。

「…僕と一緒にいるところを見られるのが、そんなに嫌…?」
暁の貌が先刻より強張り、声に生気がない。
月城は、素早く弁解する。
「そうではありません。…暁様は貴族なのですよ。…やんごとなき方が、階下などにいらしてはなりません。…ここは使用人の世界なのです。…貴族の貴方が来るべきところではありません」
「そんなこと…!」
「いいえ。大切なことです。…貴方は貴族です。ここは使用人の場所です。…けじめは守らなくてはなりません」
冷たく聞こえるかも知れないが、しかしこれも暁の為なのだ。

万が一にでも、自分と暁の恋が露見してはならない。
…それは全て、暁を護りたいという月城の切実な願いから出た言葉だった。

暁はぽつりと呟く。
「…月城は、冷たい…」
「え?」
「…狭霧さんにはあんなに素の自分を見せるのに…」
「…暁様…」
暁は月城を見上げた。
黒々とした切れ長の瞳は哀しみに潤んでいた。
そして堪え切れない嫉妬の色も…。
「…狭霧さんには手解きをされたんだよね…?」
月城は一瞬、息を呑む。
「…それは…昔の話です」
「本当に昔の話?…随分、親しげだったけれど…」
暁の声が尖ってくる。
「…狭霧さんは凄く綺麗だし、魅力的な人だし…もしかしたら、君は狭霧さんが好きなんじゃないの?」
「そんな馬鹿な…。狭霧さんと私はそのような関係ではありません」
「…だって…好きでもないのにセックスが出来るの?…僕には無理だ。好きな人でないと…」
苦しげに貌を背けた暁の肩に手を掛け、宥めようとした時だ。

「暁!暁!ここにいるのか⁈」
階上から階下へと繋がる階段から、礼也の声が響いた。
二人ははっと貌を見合わせる。
廊下では、家政婦の彌生の慌てふためく声が聞こえる。
「ま、まあ…!縣男爵様!…こ、このようなところに…」
「暁を見なかったか?階下に降りてゆくのを見たと下僕に聞いたのだ」
苛立つような礼也の声だ。
月城は覚悟を決めて、ワインセラー室の扉を開けた。

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