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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第6章 いつか、愛を囁いて
「…司様…」
か細い肩が震えていた。
…抱きしめたい…。
衝動的に泉は強く思った。
「…酷いやつだと思う。…でも、僕は真紀の優しさを覚えている…」
司の優美な彫像のような貌が窓の外に眼をやりながら、独り言のように呟く。
「…苦手な数学をわかりやすく教えてくれたこと…初めてテストで100点が取れた時に頭を撫でて褒めてくれたこと…真紀の書く数式の美しさ…僕が好きだと告白して…真紀が初めてキスしてくれたこと…それから…初めてのセックス…。
辛かったけれど優しくされて…好きだと言われて…幸せだった…」
艶めいた表情…泉は司の初めての男に微かに嫉妬する。

「…たくさん覚えているんだ…。真紀の大好きなところを…。だから急に嫌いになれない。忘れられないよ…」
白い頬に涙が伝う。
泉は胸ポケットの白い手巾を差し出す。
「…お忘れにならなくて良いのではありませんか?」
泉の言葉に司が驚いたように振り向く。

「…忘れなくても良いのです。真紀様のことも司様の大切な歴史の一部なのですから。
…それに…何れ時が解決します。
…或いは…」
「…或いは?」
泉が司の隣にゆっくりと腰を下ろす。
「…司様のことを愛する方が現れて、司様もその方を愛することができたら…真紀様のことは想い出に変わります」
二人の瞳が至近距離で出会う。
「…そんなこと…起こるのかな…」
「…起こりますよ。司様はとてもお美しくて魅力的ですから…」
…吐息が触れ合いそうな距離…泉の低く心地よい声に引き寄せられそうになり…
慌てて司は咳払いしながらソファの端に寄る。
「…そ、そう言えばさ、泉は何で真紀さんの下宿が分かったの?」
…ああ…と泉は明るく笑う。
「帝大の守衛室に行って守衛を叩き起こしたんです。
…弟が急病だと電報が来たから下宿を教えてくれと。
直ぐに教えてくれましたよ」
司は眼を丸くする。
「…すごいな…。
…て、言うかさ…」
少し拗ねたような眼をして泉を見上げる。
「どうして君はそんなに親切にしてくれるんだ?
…僕のことなんか嫌いな癖に」
泉は眉を寄せて驚く。
「嫌いなど…そんなことはありません」
司は唇を尖らせる。
「嘘だね。最初に会った日の夜、確かに言ったよ。僕みたいな人間は嫌いだって!」
泉はふっと笑い、ゆっくりと司に向き直る。
「嫌いなんて申していません。…好きではないと申しただけです…けれどそれは…」
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