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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第8章 真夜中のお茶をご一緒に
「司様、お薬は飲まれましたか?」
軽やかなノックの音とともに泉が部屋に入ってきた。
「もう大丈夫だよ。熱も下がったから…」
小机の上に置かれた手付かずの頓服を見て、眉を寄せる。
「いけませんね。きちんとお飲みにならなければ、お風邪は治りませんよ」
「もう熱はないってば…!」
司は唇を尖らす。
司は薬嫌いだ。この頓服は特に苦く閉口したので、もう飲むのはうんざりだったのだ。

泉がベッドに近寄り、不意に貌を近づける。
「…なっ…!」
キスするような距離、泉のミントの香りがする吐息が頬を掠める。
身を硬くする司の前髪が上げられ、泉の額が額に押し付けられた。
思わず眼を閉じる。
…ひんやりとした額の感触…。

冷静な声が響く。
「…やっぱり…まだお熱がありますね」
あっさりと額が離され、呆れたように腕を組む泉が司を見下ろしていた。
「…こ、こんなの熱の内に入らないよ…」
キスされると勘違いした自分が恥ずかしくて、わざとつっけんどんに答える。

「…雨に打たれた数日後に雪の中で何時間も外に突っ立っていたのですから、風邪で済んで御の字なのですよ。…さあ、お口を開けて」
剣のある言葉とともに泉が頓服を持って近づいてきた。
「な、何怒っているんだよ…」
頓服の紙包みが開かれ、無理やり口に押し付けられる。
「…やだ…ってば…はなし…て…」
泉が舌打ちする。
「色っぽい声を出さないでくださいよ。…お口を開けて…」
「…ど…こが…色っぽい…んだ…よ…バカ!…はなせってば…!」
必死で抵抗する司に
「意外に強情ですね。開けなさい!」
羽交い締めにしながら司の口を無理やりこじ開けた。
粉薬が流し込まれ、
「苦っ…!」
悶絶する司に泉は涼しい貌でグラスの水を手渡す。
「良薬口に苦しです。日本の諺ですよ。ご存知ですか?」
貌を顰めてベッドに突っ伏し、恨みがましい声で答える。
「知らないよ、そんなナンセンスな諺なんてさ!」

「きちんとお薬をお飲みになったご褒美ですよ」
…思いがけずに優しい声が聞こえた。
振り仰ぐ司の唇に丸いキャンディボンボンが押し付けられた。
「…美味しい!」
ひんやりとした薄いキャンディがほろりと割れ、中から甘いリキュールが溢れ出す。
泉が優しく微笑む。
「フランス菓子屋で今朝買って来ました。お口にあって良かった…」

…司はぼそりと呟く。
「…やっぱり人たらしだ…」



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