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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第8章 真夜中のお茶をご一緒に
「…その方を愛していました。…若い私には誰よりも美しく気高いお伽話のお姫様に見えました。
その方は意に染まぬ結婚をさせられそうになっていて…私はその方と共に夜汽車に乗り駆け落ちを計ったのです」
泉の落ち着いた真摯な言葉が胸を刺す。
会ったこともないその令嬢に嫉妬に似た感情を抱いてしまう自分に驚く。
「じゃあ、なんで結婚しなかったの?」
「…すぐに追っ手が差し向けられ私たちはあっと言う間に捕まり、引き離されてしまいました。…そして、冷静になれば、私のような平民の貧しい若者と一緒になっても、幸せになれるはずはないと気付かれたのでしょう。…その方は結局、ご両親が決めた方とご結婚されました」
「…そんな…!」
「良かったのですよ。それで…。後年、ご夫妻に偶然お眼にかかりましたが、とても優しそうな旦那様で…お幸せそうでした。
今となっては、私の若い無分別からその方を苦しめてしまったことを後悔しております」
…穏やかな微笑…。もう辛いことは全て飲み込み、想い出に変えてしまったかのような微笑だった。

「…僕もそんなふうに思えるようになるのかな…」
ぽつりと司が呟いた。
「…え?」
「…真紀と…あのお嬢さんの結婚を…。いつか、そんな風に祝福する気持ちになれるのかな…」
「…司様…」
憂いを秘めた司の貌を、泉はじっと見つめた。
「…まだ、真紀様がお好きですか?」
思いがけずに強い眼差しにぶつかり、司は長い睫毛を震わせる。
「…分からない…。まだ数日しか経ってないし…。
もう以前みたいに真紀を思ったりしていないよ。
でも…そんなに早く忘れたりできない…。だって…」
…初めて抱かれたひとだから…と、その言葉を飲み込んだ。

そんな司を泉は暫く見つめていたが、やがて包み込むように優しく告げた。
「…忘れられますよ」
「…え?」
「新しい恋をすれば、古い恋は忘れられます」
「…泉…」
「…貴方を心から愛するひとと…恋をするのです…」
テーブル越しに泉の精悍な貌がゆっくりと近づく。
…キスされる…!
そう思うと急に羞恥心が体内を駆け巡り、司は唐突に立ち上がった。
「お、お、お風呂…お風呂に…入りたいな…!」
泉はそんな司を可笑しそうに見つめ、答えた。
「分かりました。ただいま、準備いたします」




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