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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
「…月城さん。縣様のお車がお着きになりました」
新入りのメイドが遠慮勝ちに、古伊万里の花器に温室咲きの白い薔薇を生けている月城に声をかける。

月城が長身の美しい背を見せながら、ゆっくりと振り返る。
大客間の一枚硝子の窓から差し込む春の明るい光が、男の類い稀な美貌を余す所なく照らし出した。
新入りのメイドは、その怜悧な美しさに思わずため息を吐いた。
面接の時から月城のあまりの美男子ぶりに受け答えも忘れて見惚れた彼女だが、その執事の辺りを払うような美貌に慣れることは難しかった。

眼鏡越しの美しい瞳に見つめられ、言葉を失くした彼女に代わり、隣にいた先輩のメイドが言い添える。
「暁様のお車です。今、車寄せにお着きです」
途端にそのともすれば冷たい印象を与えてしまいがちな双眸が、柔らかく細められた。
「ありがとう。…少し外します」
「かしこまりました」
優雅な足取りで…しかし足早に部屋を後にする月城に膝を折ってお辞儀をする先輩メイドに倣い、新入りメイドも慌てて膝を折る。

ドアが静かに閉められたのを確認し、先輩メイドが新入りに悪戯っぽく目配せする。
「縣様がご来訪された時は、下のお名前までお伝えしなくては駄目よ」
「…は、はい…」
訳が分からないといった貌をする新入りメイドに先輩メイドは笑いながら窓辺の花器に近づく。
…生けかけのお花を放り出してゆくなんて…。
冷静沈着の完璧な執事の一面を偶然見られた嬉しさに、心が弾む。

「…礼也様と暁様。それによって月城さんの反応は大分違うからね」
温室咲きの薔薇とは思えぬほどに新鮮な芳香を胸いっぱいに吸い込む。
数日前から月城は、温室の薔薇の温度管理に余念がなかった。
…これもきっと、暁様のためだわ…。
先輩メイドは微笑ましく思う。

そうしてまだ不思議そうな貌をしている新入りメイドを振り返り、再び目配せをする。
「その内に分かるわ。北白川伯爵家が誇る美貌の執事の意外な一面を…ね」

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