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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
月城が足早に玄関ホールを抜け、重厚な扉を押し開けると、大理石の階段に佇む暁の姿が見えた。
「暁様…」
月城の声に貌を上げる。
暁の切れ長で黒目勝ちの湿度を含んだ瞳が、一瞬で輝いた。
「月城…!」
メルセデスのドアを閉めている下僕の手前、月城は慇懃な態度は崩さずに暁に近づく。
「いらっしゃいませ。暁様。お待ち申し上げておりました」
少し近すぎる距離まで接近した月城の美声を聴き、暁はやや恥ずかしげに男を見上げる。
「会社から来たから、兄さんたちとは別々だ」
月城が形の良い眉を顰めた。
「会社でなにかあったのですか?」

月城は昨夜まで夜勤で屋敷に泊まった。
暁に会うのは三日ぶりだ。
社長の暁が休日出勤するなど、ただごとではない。
何か暁の頭を悩ませるような事態が起こったのではないか…と案じたのだ。

月城の過保護なまでの態度に苦笑しながら首を振る。
「輸入品のワインに不備があってね。税関で留め置かれてしまったから、僕が晴海まで行ったんだ。フランス語を喋れる社員が今、神戸に行ってしまっていて書類の確認ができなかったんだ」
「そうでしたか…」
…そんなことで休日の暁様が借り出されるなんて…。
些か不本意な月城である。
…暁様はお優しすぎるのだ。
探せば語学が堪能な社員は他にいるはずなのに、休日出勤をさせるのが忍びなく、本人が行ったのだろう。

月城の心中を他所に、暁は自分の服装を見回す。
春らしい明るい藍色のスーツに細い青色のストライプのシャツ、ラベンダーカラーの幅の広い柔らかなリボンタイという服装は暁を年より若々しく瑞々しく見せている。

「…お茶会には少し軽々しい格好だったかな。
会社のロッカーにあったスーツを着て来てしまったから…。
本当はもっとお洒落をしたかったのだけれど…」
…それより君に早く会いたかったから…。
上目遣いに媚態を示され、月城は思わずその白い手を取った。

「お美しいですよ。…貴方は何をお召しになっても誰よりも輝いていらっしゃいます…」

暁は思わず周りを見渡す。
下僕はとうに姿を消していた。
月城が暁の手の甲にくちづけを落とす。
「…礼也様たちがお着きになる前に、温室をご案内いたします。…珍しいイングリッシュローズが今朝方咲いたのですよ。貴方にぜひお見せしたかったのです」
暁は白い頬を薔薇色に染める。
「…嬉しい…月城」
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