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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
食後の珈琲を飲んでいると、月城がおもむろに口を開いた。
「…実は暁様にひとつ、ご了解いただかなくてはならないことがあります」
「何?」
やや改まった月城の様子に、暁も姿勢を正す。

「…九条子爵夫人が発起人のチャリティコンサートがこれからの週末毎に約1カ月、東京と横浜で開かれるのです。
それに急遽梨央様がお一人で参加され、ピアノをお弾きになることになったのです」
「え?梨央さんがお一人で?」
病的とも言える人見知りと引っ込み思案がある梨央が一人で演奏会に参加するなど、前代未聞の出来事だからだ。
「綾香さんのコンサートではなくて?」
近年、姉の綾香のコンサートでは梨央はピアノの伴奏を引き受けている。
綾香がいるなら、大勢の前でも演奏できるようになったのは、格段の進歩と言えよう。
「はい。綾香様は同じ頃、神戸のオペラハウスのゲストに招かれておられまして…。
チャリティコンサートに本来出られるピアニストの方が、指に怪我をされてしまわれて、九条子爵夫人から急遽梨央様に打診があったのです。
代わりに出ていただけないかと…。
梨央様は最初は固辞されておられたのですが、綾香様のご説得もあり悩まれた末に、これまでも大変お世話になっている九条子爵夫人のお力に少しでもなれれば…と承諾されたのです」
「そうだったんだ…」
…綾香さんと離れてお一人で、知らない人々の中でピアノをお弾きになるなんて…どれだけ勇気を奮い起こされたのだろう。
儚げで物静かで美しい妖精のような梨央を知っているだけに、その決断に感嘆する。

月城がやや言いづらそうに口を開いた。
「…つきましては、その演奏会やリハーサルに私も同行することになりまして…。
…来月一杯まで週末はこの家を留守することになりました」
…月城に…しばらく会えない…。
その事実に暁の胸は、冷たい風が吹き抜けたように寒々しく冷え込んでゆく。

しかし気遣わしげな月城の貌を見た途端、暁は懸命に笑みを浮かべた。
「…梨央さんのお側に付いて差し上げて。
綾香さんがいらっしゃらないのだから、梨央さんはどれだけ心細いことだろう」
「…暁様…」
済まなそうな月城の貌を見たくなくて、暁は陽気に笑う。
「僕は大丈夫だよ。…たった1カ月だろう?子どもじゃないんだから…寂しくないよ…」
月城のひんやりとした手が、暁の手を強く握りしめる。
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