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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
「…素敵なお店ですね。内装も洒落ていて…ああ、ミュシャの絵ですね?…これは初めて見る絵だな…」
壁に飾ってあるミュシャの絵画をうっとりと眺める藍染を、暁はカウンターからやや驚いたように振り返った。
「よく知っているね。ミュシャなんて…最近日本では知られるようになった画家だよね」
藍染は随分教養があるようだ…。
もしかして、良家の出身なのかな…。

「君は美術に詳しいの?」
藍染は明るく微笑んで首を振る。
「いいえ。僕は千住の左官屋の息子です。絵を愛でるような余裕はありませんよ。…たまたま通っていた教会に西洋絵画好きな神父さんがいらして、彼から習っただけです」
「…そうなんだ…」
…それにしては彼の立ち居振る舞いや言葉遣いには、一朝一夕では到底身につかないような品位と知的さが感じられたのだが…。

藍染は丁寧に珈琲を淹れている暁に近づくと、カウンター越しに見つめた。
「暁様のエプロン姿、可愛いですね。パリの小粋なギャルソンみたいだ」
暁は思わず貌を赤らめる。
「揶揄わないでくれ。…僕をいくつだと思っているんだ」
「揶揄ってなんかいないです。…暁様は本当に可愛くて綺麗だ。…何を着てもお似合いになるし…。
貴方を見ているだけで目の保養になりますよ」
カウンターに頬杖をつきながら、艶めいた眼差しで微笑う。
その視線にどきりとしながらも、大人の威厳でなんとかいなす。
「君は口が上手いな。…さあ、座って。この店のオリジナルブレンドなんだ。バリスタの自信作なんだけど…どうかな?」
カウンターにしなやかに腰掛けた藍染は、美しい所作で珈琲カップを取り上げた。
一口飲むと、眼を輝かせて微笑んだ。
「美味しいです!深煎りなのに苦味が無くて円やかですね。香りがまた素晴らしい!本格的だけれど飲みやすいです」
暁はほっとしたように笑みを漏らした。
「良かった!…まだ珈琲を愉しむ人は少ないからね。万人に受けるように…けれど珈琲好きな人に満足してもらえるような珈琲を…と皆で試行錯誤を重ねたんだ」
「これなら常連になるお客さんが増えると思いますよ」
藍染の言葉に勇気付けられた暁は、思わず無邪気な笑顔を浮かべた。
「ありがとう。すごく嬉しい」
それを見た藍染は、眩しそうに眼を細める。
「…暁様は…」
言いかけて、そっと苦しげに眼を伏せ…
…何でもありません…と呟いたのだった。



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