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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
暁は、大階段の最上階の手摺を縋るように握りしめる。
月城は足早に玄関ホールを出て行った。
…一度も暁を振り返ることもなく…腕の中の梨央を軽々と抱き、大切に守りながら…。
さながら中世の騎士のように…。

…それが当然なのだ。
梨央さんは緊急の急病人なのだから…。
自分も月城のように彼女の心配をしなくてはならないのに…。

白く華奢な指が血の気を失うほどに強く手摺を握りしめる。
…けれど、できない。
梨央さんを慮ることができない。
…自分の心にあるのは…。
真っ黒でどろどろとした悍ましくも醜い嫉妬の心だけだ。
…なんて醜い…醜く浅ましい心なのだろうか…。

「…暁様…。大丈夫ですか…?」
気遣わし気な声と共に、肩に置かれた温かな手にゆっくりと振り返る。
痛まし気な色を浮かべた端正な藍染の姿がそこにあった。
「…藍染くん…」
「月城さんは酷いです。…暁様がいらっしゃるのに…いくら梨央様が発作を起こされたからと言って、あんなところを暁様に見せつけなくても…!暁様が可哀想だ!」
自分のことのように憤る藍染を弱々しく制する。
「…やめてくれ。…月城は悪くない。梨央さんは今まで何度も酷い喘息の発作を起こされて呼吸困難になられたことがあるのだ。執事として緊急処置をするのは当然の責務だ」
「…暁様…大丈夫ですか…?」
…お手がこんなにお冷たい…
そう言って、藍染は暁の手に手を重ねた。

…温かい手だった。
ひんやりとした月城の手とは異なる手だ…。
「…暁様…僕にできることはありますか…?
貴方のお力になりたいのです」

「何もない」
無機質に答えると手を引き抜き、暁はそのまま大階段を降り始める。
「お車までお送りいたします」
藍染が影のように後を付き添う。
暁は最早、拒む気力もなく無言で階段を降り続ける。

車寄せには暁が乗ってきた社用車のフォードが停まっていた。
運転手がドアを開ける。
車に乗り込む刹那、藍染が囁く。
「…お力を落とさないで下さい。僕は貴方の味方です。
僕は貴方を守り続ける。僕は貴方が笑顔になってくれるなら、なんでもします。
…暁様…僕は貴方を…」
暁は弱々しく首を振る。
「…すまない…。もう今夜は一人になりたい…」


…滑らかに車が目の前から走り去るのを見送りながら、藍染は薄く微笑う。
「…もうすぐだ。…染乃…もうすぐ君は僕のところに還ってくる…」



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