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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
昂まる胸の内を必死で押し殺し、暁は首を振る。
…あんな…あんな下らない戯言を気にしているなんて…春馬さんには言えない…言ってはならない…。
「…本当に…何もないです…。気にしないでください…」
「…暁…」
押し黙り、長い睫毛を震わせ俯いたままの暁を、大紋は暫し見つめていたが、やがて…ふっと息を吐き優しく告げた。
「分かったよ。それならもう何も聞かない。
…けれど覚えておいてくれ。
僕はいつでも君のことを案じている。…君の幸せを願っている。…どんな時も…どこにいても…永遠に…」
「…春馬さん…」

遠い昔、彼が自分の恋人だった頃と少しも変わらぬ包み込むような…それでいて愛おしげな眼差しに、暁の胸は図らずも締め付けられる。

…かつて、この温室で大紋は暁に愛を告白し、まだ少年だった暁を抱きしめた。
まだ恋も知らない暁はしかし、いつかこの男に恋をする予感めいたものを感じていた。

…あれから二十年以上の月日が流れた…。
二人の間には、長い年月が横たわっているのにも関わらず、向かい合えば魔法のようにあの日に還れてしまう自分自身に共に戸惑う。

「…暁…」
何かに引き寄せられるように、大紋は暁の艶やかな髪に手を伸ばした。
甘い痛みが走り、暁は思わず苦しそうに後退る。
我に返った大紋がすぐ様手を引いた。
「…ごめんね…暁…」
暁は黙って首を振った。
「…いいえ…」
…お互いの胸に残る恋の形代に…甘い痛みに似た想いを噛みしめる。
けれど…これ以上、踏み込んではならないことも暗黙に了解している。
この甘美な想いに囚われてはならないことも…。

…なぜなら、もう二人には代え難い大切なひとがいるからだ。

恋の記憶は消え去りはしないが、それは記憶でしかないのだ。
想いが重なり、暁と大紋は微かに寂し気に微笑った。
「…君の幸せを願っているよ…」
「…僕もです。春馬さんとご家族のお幸せを何より願っています」
…甘い追憶に決別を告げるべく囁いたその時…。

温室の入り口の扉が、静かに開いた。
振り返る暁の瞳が、大きく見開かれる。
「…月城…!」



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