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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
男は小さなランプに火を灯し、月城を家の中に導く。
廊下が長く、案外に建物内は広い。
突き当たり奥の扉を開くと、漸く灯りが灯った部屋に辿り着いた。

…中では数名の男女が粗末な謄写版を稼働させ、印刷を行なっている。
既に会ったことがある彼らは月城を見ると、会釈しただけで再び作業に専念する。
先導する男…月城の旧友、轟は誇らしげに説明する。
「大分、俺たちの仲間も増えた。東京だけで千は超えた。共にこの運動を熱望する若者も増える一方だ。前回の決起集会が若者たちの心を確実に捉えたんだ。
来月の集会に向けて、更に準備を進めている。
…首相官邸周辺でビラを撒く。丸の内でも…」
熱に浮かされたように熱弁を奮う轟に、静かに口を開く。
「…本当にこのまま突き進むつもりか?反政府運動など…今、内務省も憲兵も特高もアカ狩りに躍起になっているのだぞ?
こんな活動が露呈したら、お前たちの命は危ない。
もっと穏やかなやり方で…」
轟が男らしい眉を顰め、あたかも心外だという風に首を振る。
「まだそんなことを言っているのか?…お前こそ、俺の最大の理解者だと思っていたのに。
…大学の時はあんなに理想論を闘わせたじゃないか。
自由、平等、友愛…。革命を成功させたフランスのような国をいつか作りたいと俺が言ったら、お前は賛同してくれた。
…それともお前は大貴族に仕え…貴族のお坊ちゃまと付き合う内にそんな気持ちはとうになくしたのか?」

貴族という単語が聞こえた瞬間、謄写版に向かっていた仲間たちの手が止まる。
鋭い眼光が月城に突き刺さる。
「…轟さん、この人は貴族に仕えているんですか?それじゃあ俺たちの敵じゃないですか!それに貴族とつきっているって…」
若く血気盛んそうな若者が、月城に近づく。
轟は手を挙げた。
「待て。この人は敵じゃない。俺の帝大時代からの親友だ。北白川伯爵家の執事として敏腕を奮い、某貴族と結婚しているが、まだ本来の自分に目覚めてはいないだけだ。何れ俺たちの心強い仲間になる」
月城は眉を顰めた。
「轟…。私は君を止めに来たんだ。仲間に入る為じゃない」
若者たちが月城に食ってかかる前に、轟が机の上のビラを1枚、月城の胸ポケットにねじ込んだ。
「集会に来てくれ。…俺には君の知性と才覚と勇気が必要なんだ」
そうして、昔のように人の良い笑みを浮かべた。
「待ってるけんな。森…」



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