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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
暁は書店でこっそりと買ったマルクスの本を開店前のビストロのカウンターの下で広げた。
…ロシアの社会主義者の書物など、手に取るのは初めてだ。

暁は政治思想はノンポリだ。
月城もそうだと思っていた。
今の社会や政治に満足している訳ではないが、かと言って運動をしてまで変えたいと思っているわけではない。
自分は十四歳まで市井育ちで、辛酸を嘗め尽くしてきた。
だが、礼也に引き取られてからは、貴族の子弟としての教育を受けて来た。
礼也の教育は暁を気高く貴族的な気品や知性、教養を身につけさせることに重きを置いていた。
もちろん、社会派運動に関心を持つことなど一度もなかった。
そのようなことをしたらどれだけ礼也に迷惑をかけ、家名に泥を塗ることになるかを良く分かっていたからだ。
…それは月城も同じなのではないか。
北白川伯爵は自由主義者である。
使用人が自由に様々な考え方を持つことに寛容であると聞いたことがある。
しかし、無政府主義、または反社会主義運動に加担し、新たな革命を起こそうなどと考えるものを容認されるはずがなかった。
…それは、月城が一番良く分かっていることではないのか…。

重く沈み込む気持ちのまま、暁はぼんやりと考える。
…どうして、自分は月城にあのビラはどうしたのだと聞けないのだろうか…。
事実上結婚し、もう十数年が過ぎた…。
お互いが嘘偽りなく、信頼し合い暮らしていると信じていた。
…それなのになぜ、大切なことを尋ねることができないのだろうか…。

暁は溜息を吐く。
…自分は怖いのだ。
月城を疑っているわけではない。
何かの弾みで、信じていたものが脆く崩れ去ることが…。
幸せが根こそぎ奪われることが…。
月城の知らない一面を見せつけられることが…怖くて堪らないのだ…。
だから、自分から尋ねることが出来ないのだ。

…僕は弱虫だ…。
自分の愛も…月城の愛も信じられない弱虫だ…。

力なく俯く暁の肩に、温かい手がそっと置かれた。



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