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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第14章 Coda 〜last waltz〜
「…明日が出征だと告げられ、気がついたらここに来ていた。…なぜだろうな…。別にこんなお貴族様の家なんて、特に思い入れもないのにな…」
…眩いシャンデリアの灯りが漏れ、賑やかな子どもたちの笑い声が響いてくる豪奢な屋敷の方を見遣る。
「…世間は節制節約が義務付けられているのに…この家は別世界だな。敵国の宗教のパーティか…。これだからブルジョワは…」
しかしその口調には嫌悪よりも寧ろ、淡い憧憬めいた色が帯びていた。

「…二人は元気だよ。何処にいるとは言えないがね」
鬼塚は微かに笑う。
「そりゃ良かった。…もう二度と会うこともないだろうがね」
「…ほかに会うべき人はいないのか?」
鬼塚の隻眼が一瞬、瞬いた。
「…一人だけいるが…」
諦めたように力無く首を振った。
「…いや、俺なんかが会いに行っていい人じゃない。
だから誰もいない」
そして、背中の重たげな雑嚢を軽々と背負い直しながら、手を挙げた。
「じゃあな。おじさん。これから東京は火の海と化すかも知れない。俺たちが必死で食い止めるが…いよいよの時は頑張って逃げろ。命の瀬戸際に金持ちも貧乏人もないからな」
冷笑を与えるとあっさりと背を向けた。
すらりとした背中には、例えようもない孤独の影が色濃く浮き上がっていた。
大紋はその背中に叫んだ。
「生きて帰れ!」
雪を踏みしめていた黒い軍靴ブーツが立ち止まる。
「…必ず生きて帰れ。君はまだ若い。
こんな馬鹿馬鹿しい戦争で命を落とすな。生きて帰って、新しい人生を行き直せ。
…そして君が本当に会いたい人に会いに行け」

鬼塚は振り返らなかった。
暫しの間、立ち止まり…やがて吐き捨てるように小さく呟いた。
「うるさい。ブルジョワおやじめ」
そうして、毅然とした足取りであっと言う間に大紋の目の前から、消え去っていったのだった。


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