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第9章 　亜里沙の事情

―― 亜里沙の事情 ――


　パジャマのままゆっくり階段を降りていると、後ろから声を掛けられる。
「あ、美桜さーん。もう大丈夫なんですかー？」
　娯楽室のある3階から来たらしい。雑誌を抱えた亜里沙ちゃんに訊かれたけど、どこまで知られているのか恥ずかしかった。
「急に具合が悪くなってー、ご主人様と愛さんが、面倒を看るって聞いたからー」
「う、うん。もう治ったから。個室に戻るところ。ごめんね。仕事しなくて」
「そんなことは気にしないで、ゆっくり休んでくださいねー」
　亜里沙ちゃんが笑顔になる。
「ありがとう……」
「あのー。亜里沙じゃ役に立たないと思うけどー、何かあったら頼ってくださいね。普通最初はー、つらいと思うからー」
　ゆっくりと言う亜里沙ちゃんに、首を傾げた。
「普通は、って。亜里沙ちゃんは違ったの？」
「はい……。あのー。ちょっとだけ、個室に行ってもいいですかー？」
　私は戸惑いながら頷き、亜里沙ちゃんと一緒に私の個室へ戻った。ドアを閉めて、亜里沙ちゃんにベッドに座ってもらう。私も、亜里沙ちゃんの方を向いて座った。
「……亜里沙はー、自分で決めて来たからー」
「えっ？」
　亜里沙ちゃんが買われたのは、3年前で12歳。そんな年齢で自分から来るなんて、私にはよく解らない。
「亜里沙にはー、お父さんがいないんですー」
　一度俯いてから、亜里沙ちゃんが顔を上げて笑う。
「亜里沙がお腹にいる時にー、離婚したんですー」
　夫婦には、色々と事情があるはず。だから一概に悪い事とは言えない。私には恋人さえいた事が無いから、詳しい内容までは解らないけど。
「お母さんはー、いっぱい働いて、亜里沙を育ててくれましたー。でもー。小学校に入ってからは、週に1回くらいしか帰って来なくなってー」
　そんな小さな子を、1週間も放っておくなんて。話の内容からして、悪いけど、メイドがいるような家じゃないだろう。
「淋しく、なかったの？」
「淋しかったですー。でも、お母さんは一所懸命働いててー、戻った時には何万円も置いて行ってくれましたからー」
　自分だったら、我慢出来なかった。そう思うと、亜里沙ちゃんは強いし偉い。