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終止符.
第15章 痛み
「もちろんです。はい、…どうぞ、ここです。」


──散々痛め付けて



愛子は手を伸ばし、純の腕を掴んで立ち上がった。

純が奈緒を見た。



──深い傷を負わせて



「奈緒さん…」

「純、これ、クリーニング店の引換券。帰る途中で受け取るといいわ。 明日の引っ越しがんばってね。…公園の出口まで愛子さんと二人で歩いて…」



──今もまだ血を流しているのに



「奈緒さんは?」

「このコーヒー飲んだら帰るわ。」

「でも…」

「ほら、車が待ってるわ、早く。」



──幸せになんてなれない



純は少し寂しそうな顔をした。


「それじゃ、また連絡します。」

「えぇ、そうして。」

「それでは失礼します。」


会釈をして愛子が言った。


「純をよろしくお願いします。」


奈緒が言った。



──純、ごめんね



愛子は少し首を傾げながら、純と歩き出した。


純は何度も振り返って奈緒を見た。



──ホントにごめんね。



歩き出すと振り返らない純が、今日は何度も振り返った。

奈緒は立ち上がり、その度に大きく手を振った。



愛子さんごめんなさい。


なにも知らなくて


あなたを何一つ知らなくて


愚かな私を


いつになったら


忘れてくれますか?



その傷が癒えるのは


いったいいつですか?




陽は傾き、二人の影は長く重なって動いた。

二人が見えなくなってひとり残された奈緒は、急に力が抜けたように愛子が掛けていた場所に座り込んだ。


「部長、私達の幸せな時間は、思い出は──…奥様の、痛みの上にあったんですよ──…うぅっ…」


奈緒は胸の奥が熱くなって押し上げられ、吐き気をもよおしながら嗚咽した。


「ううっ…うっうぅっ…」


都合よく始めた背徳の日々に溺れ、燃え上がる身体を貪り合い、愛を囁き合い、優越感と、切ない想いに酔いしれた。

そんな二人の別れなど、新しい恋で忘れてしまえる。


「ううっ…」


あの人は違う

背負い続ける

夫を目の前にしながら

背負い続ける。


「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…」


愛子にも篠崎にも、純にも詫びたかった。


自分で上手に打ったつもりの終止符が、愛子の胸に刺さったナイフの傷口から飛び散った血のように見えた。

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