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終止符.
第16章 愛しい人
知佳が奈緒の腕を引っ張った。


「あ、待って、お茶がこぼれるわ。」

「そんな事どうでもいいですから、奈緒さん、早く…ンもう、はーやーくぅー…」


知佳は奈緒の袖を摘まみ、何度も左右に揺らして急かした。


「どちら様なの?」


奈緒はお茶をあきらめ、どんどん先を歩く知佳に手を引かれながら聞いた。


「し、知りませんよそんな事…こっちが知りたい位です。」

「何なのいったい…」


知佳はドアを開けて奈緒を先に押し込んだ。


「奥のソファに座ってもらいましたから。」


中に入った知佳は、突っ立っている奈緒の腕をまた掴んだ。


「ソファですよぉ…」


そのままデスクを横切り、すぐ側にある籐の衝立(ついたて)で目隠しされた来客用スペースに奈緒を連れて行った。


「すみません、お待たせしました。」


衝立の手前で、息を切らせながら声をかける知佳に押し出され、奈緒は一歩前に出た。


「──…っ…」


相手は立ち上がり、確かめるように奈緒を見つめた。


それから、あの照れるような優しい微笑みを少しだけ奈緒にくれた。


「奈緒さん、お元気でしたか?」


「………」


「──…奈緒さん、僕です。」


「──…純…」


「はい。」


奈緒の心臓がここぞとばかりに激しく動き出した。


「……」



何も言えない。



「奈緒さん…」



純はどうして平気でいられるのだろう。

私は声も出せない程、倒れそうな程、緊張しているのに…

すっかり大人になったあなたの、すっかり板についたスーツ姿に、少し後ろに流した前髪に、変わらない眼差しに、色気を帯びた目元に、優しく微笑む唇に、こんなにも動揺しているのに…



「奈緒さん…」

「……」

「愛子さんが…」

「……」

「行けって…」

「…えっ?」

「奈緒さんの所へ行きなさい、って言ってくれたんです。…それに、もう、僕自身限界だったし…」

「……」


意味がわからない。


奈緒は止まっていた呼吸をやっと吐き出した。

指先が冷たくなっていた。


「あのう…お二人とも、まずは座る、というのはどうでしょう?」


知佳が顔を出した。


「あ…ありがとうございます。」


純がそう言って座り、奈緒もやっと我に返って腰を下ろした。

鼓動が痛い程に鳴り響いていた。


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