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終止符.
第5章 霧の中
言葉が出ない。

慰めがいいのか、悲しみがいいのか、嘆くべきか、怒るべきか、それとも同情すべきなのかもわからない。

ただ、嘘ではないという事。それだけは分かる。

「僕は、似てるんだって、父親に。だからかな、小さい頃は、母親にずっと疎まれてた。」

「………」

「僕の顔を見る度に思い出すんだろうね、自分を捨てた男を。」

「………」

「いや、僕を身籠ってすぐに捨てられたらしいから、僕のせいだったのかもしれない。」

「…純。」

「15才の時…寝ていた僕のベッドに入ってきて…いきなり抱きしめられて、キスをされた。……ワケがわからなかった…知らない男の名前を呼ぶんだ。としゆきって…誰だよ…ふふっ…」

「………」

「自分の母親に犯されるなんて事ある?……僕の上であの人は…女になってた。……邪険にされた方がマシだった。……僕の…身体を愛してたんだ。」

「………」

「あの人は、僕の周りの女の子に、いろんな嫌がらせをして遠ざけてた。……最低な母親だよ。…でも、その哀れな女を…僕は…僕は抱いた。男の名前を呼んで腰を振る、愚かな母親を。」

「純…」

「去年死んだんだ。酒に溺れてたからね。……僕は、やっと解放された。……薄汚い僕は、あの人の残した僅かな保険金だけを持ってここに越してきたんだ。」

「………」

「奈緒さん、僕に気づきもしないあなたを、僕は、ずっと見守るだけでよかった。時々やって来る素敵な恋人と、幸せになってくれるなら。……幸せそうな奈緒さんを、見てる僕は幸せだった…」

純は頭からシャワーを浴び、顔をゴシゴシ擦った。

目の前にいる若者は、いったいどんな道を歩いて来たのだろうか。

深い霧の中で、足元さえも見えず、泣き叫ぶ声も上げられず、穢れてゆく自分自身を蔑みながら、立ち尽くしていたのだろうか。


「どうして私に…」

シャワーを止めて振り向いた純が言う。

「誰にも言うつもりはなかったんだけど。……やっと本当に好きな人を抱く事ができた誕生日に、生まれ変わりたくなったのかな?…嬉しくて。ははっ……まあ無理だけどね。」

純が奈緒の身体を見つめる。

「僕、慰めるのは得意だよ。」

「そんな風に言わないで。」

「僕を愛してくれる?」

「いいえ。」

「キスしてもいい?」

「いいえ。」

「触ってもいい?」

「いいえ。」


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