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終止符.
第9章 隠せない心
立ち去りがたい様子の篠崎が、奈緒に優しく話しかける。
「困った事があったらいつでも連絡しなさい。」
どんなに困った事が起きても
「ありがとうございます。」
あなたにだけは頼らない。
「力になるよ。」
抜け出せなくなる
「はい。」
奪いたくなる
「それじゃあ…会社で。」
「はい、部長。」
篠崎は寂しそうに微笑み、奈緒の前髪を指先でそっと撫で上げ、額に優しいキスをした。
「さよなら、部長。」
「あぁ。」
行かないで
肩を落とす後ろ姿が切ない。
ドアが開く気配がする。
行かないで
静かにドアが閉まる。
「部長…」
足音が遠退いてゆく。
何度も見送ってきた。
何度も家庭に戻る背中を見つめてきた。
次に訪ねてくる日を待ちわび、寂しくて切ない日々。
それでも
今よりは幸せだった。
「行かないで…部長…行かないで、行かないで、側にいて、…部長…私を一人にしないで…うぅッ…」
奈緒はベッドに突っ伏して声を上げて泣いた。
誰にも打ち明けられずに過ごしてきた罪な時間が終わりを迎えても、寂しさを打ち明ける相手がいなかった。
寝乱れたベッドに膝を抱えてうずくまり、込み上げてくる胸の痛みに嗚咽する。
「戻ってきて…」
しゃくり上げながら奈緒は泣いた。
純が隣にいたなら、泣き声を聞きつけて、きっとドアを叩いてくれるだろう。
奈緒はリビングに掛かっている純の作ったパズルを眺めた。
『笑っててください。』
「笑えない、笑えないわ。…純、一人では笑えない。」
明るい夏の風景は、すぐにぼやけてしまい、めくるめく欲望を貪り合った熱い季節の終わりを告げているようだった。
奈緒は泣きながらシャワーを浴び、乱れたシーツを取り替えた。
誕生日に貰ったピアスを外し、ゴミ箱に捨てた。
篠崎の残した微かな香りを消そうと窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬をかすめて部屋に入ってきた。
秋がやってくる。
澄みきった高い青空を引き連れて、人恋しくなる渇いた空気を引き連れて。
彼は今頃何をしているのだろう。
何も知らない妻の横で、私を思ってくれているだろうか。
秋の訪れとともに深まっていきそうな喪失感に、奈緒は肩を抱いてうずくまり、一人の夜を泣き続けた。
「困った事があったらいつでも連絡しなさい。」
どんなに困った事が起きても
「ありがとうございます。」
あなたにだけは頼らない。
「力になるよ。」
抜け出せなくなる
「はい。」
奪いたくなる
「それじゃあ…会社で。」
「はい、部長。」
篠崎は寂しそうに微笑み、奈緒の前髪を指先でそっと撫で上げ、額に優しいキスをした。
「さよなら、部長。」
「あぁ。」
行かないで
肩を落とす後ろ姿が切ない。
ドアが開く気配がする。
行かないで
静かにドアが閉まる。
「部長…」
足音が遠退いてゆく。
何度も見送ってきた。
何度も家庭に戻る背中を見つめてきた。
次に訪ねてくる日を待ちわび、寂しくて切ない日々。
それでも
今よりは幸せだった。
「行かないで…部長…行かないで、行かないで、側にいて、…部長…私を一人にしないで…うぅッ…」
奈緒はベッドに突っ伏して声を上げて泣いた。
誰にも打ち明けられずに過ごしてきた罪な時間が終わりを迎えても、寂しさを打ち明ける相手がいなかった。
寝乱れたベッドに膝を抱えてうずくまり、込み上げてくる胸の痛みに嗚咽する。
「戻ってきて…」
しゃくり上げながら奈緒は泣いた。
純が隣にいたなら、泣き声を聞きつけて、きっとドアを叩いてくれるだろう。
奈緒はリビングに掛かっている純の作ったパズルを眺めた。
『笑っててください。』
「笑えない、笑えないわ。…純、一人では笑えない。」
明るい夏の風景は、すぐにぼやけてしまい、めくるめく欲望を貪り合った熱い季節の終わりを告げているようだった。
奈緒は泣きながらシャワーを浴び、乱れたシーツを取り替えた。
誕生日に貰ったピアスを外し、ゴミ箱に捨てた。
篠崎の残した微かな香りを消そうと窓を開けると、ひんやりとした夜風が頬をかすめて部屋に入ってきた。
秋がやってくる。
澄みきった高い青空を引き連れて、人恋しくなる渇いた空気を引き連れて。
彼は今頃何をしているのだろう。
何も知らない妻の横で、私を思ってくれているだろうか。
秋の訪れとともに深まっていきそうな喪失感に、奈緒は肩を抱いてうずくまり、一人の夜を泣き続けた。