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花菱落つ
第3章 信玄
 所用のため、信濃小県にある実家に帰っていた奥近習の真田源五郎が躑躅ヶ崎館へと戻ってきた。別件を言いつけていたこともあり、信玄はすぐさま源五郎を館の東曲輪にある執務のための小部屋へ呼んだ。

「無事に済んだか。源五郎」
「はい、かたじけのうございます」
「うむ。それにしても千代女め、随分と毛色の変わった『ののう』を寄越したものじゃ。名は凪と申したか」
「は」

 源五郎は短く答え、その場に畏まった。信玄は眉を上げ、意外な思いで源五郎の生真面目な顔を見つめた。源五郎は禰津の望月千代女の元から一人の「ののう」を伴って戻ったのだが、その「ののう」にはさすがの信玄も驚かされていた。
 
 その「ののう」は少年だったのだ。

 源五郎も承知しているようだが、青く経験の乏しい源五郎にどうして凪が少年であると、見抜けたのだろうか。

「ふむ。あの『ののう』が少年であると、そなたよう見抜けたものじゃな」
「いえ、恥ずかしながら私にはまるで見抜けませんでした」

 源五郎は気まずい顔で、凪に求婚してしまった経緯を信玄に語った。いくら知らなかったとはいえ、まさか源五郎が男に求婚していたとは、さすがの信玄も思いもよらなかった。
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