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花菱落つ
第1章 躑躅ヶ崎館
「下がってよいぞ、源五郎」

 千代女を案内してきた小姓が一礼し、無言で控えの間に下がった。二人きりになると信玄は相好を崩し、千代女を側に呼び寄せた。

 甲斐源氏武田家第十九代当主信玄は今年で四十歳。まさに脂の乗りきった男盛りだった。二年ほど前に形ばかりの出家をし、名を晴信から徳栄軒信玄と改めてはいたが、色の道は相も変わらず盛んだった。

「まこと寡婦にしておくのは勿体ないほどのいい女じゃな」
「おそれいります」

 千代女を抱き寄せた信玄は、武人らしい硬い手で千代女の白く張りのある双丘を揉みしだいた。まだ二十代である若い千代女の乳房はまるで熟れる前の桃のように固くみずみずしかった。千代女は信玄の甥、望月盛時の後妻だった。だが夫である盛時は川中島の戦いで討ち死にを遂げ、千代女は若くして寡婦となっていた。

「そなたを甲府に呼んだのは、少しばかり頼みたいことがあってな」

 千代女の耳に吐息を吹き掛けながら信玄は低く耳触りの良い声で囁いた。弱いところを知り尽くした信玄の囁きに、千代女は体をよがらせ内股を閉じた。背筋を走り抜ける快感に、思わず秘所が疼く。

「お館様のお頼みとあらば、いかようにも」

 だが閨での囁きがただの睦事ではないのが、いかにも信玄らしい。どうも信玄は、内密の話は閨でするものだと思っている節がある。信玄の腹心、高坂昌信が頻繁に寝所に呼ばれるのも、衆道の相手という他に内密の相談事をするためだった。
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