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花菱落つ
第5章 裏切り
 時は少しばかり遡る――。

 信玄と嫡男義信の対立はいよいよ抜き差しならない物になりつつあった。

 火種は三年前の川中島の戦からくすぶってはいた。だがそれが表に出始めたのは、信玄が駿河攻めを画策するようになってからだ。現在甲斐の武田、相模の北条、駿河の今川は同盟関係にある。信玄はその関係を自ら突き崩そうというのだ。

「今川家現当主氏真は私の従兄弟です。加えて私の室も氏真の妹。なにゆえ父上は従兄弟たちを苦しめようとなさるのか」

 上座の信玄は苦虫を噛み潰したような表情のまま、答えない。すでに亡くなってはいるが、信玄の姉は今川義元へ正室として輿入れしていた。義元と正室の子は信玄の血縁でもあった。

「今、駿河を攻めれば、北条が今川に味方をするのは必定。これでは我が武田家は四面楚歌ではありませんか」

 北にはもとより敵対関係にある越後の上杉、南に駿河の今川。今川の東には相模に北条がおり、今川の西には決して友好的とは言えない尾張の織田、三河の松平が控えている。東西南北すべての大名家を敵に回してまで、何故に信玄は南進しようというのだろう。
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