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花菱落つ
第1章 躑躅ヶ崎館
「ところで、そなたは寂しくはないのか? 千代女」

 千代女は川中島の戦で夫を失ったばかり。しかし、悲しさも寂しさも一切表に出さず、寝所へ呼んだ信玄に対し綺麗に科(しな)を作ってみせる。

「泣いたところで夫が戻るわけではありませぬ。ならばか弱い女子の身でこれからどのように生きるか、考えねばなりませぬ。子のない身では里に戻るか、男に縋って生きるかしか道はありませぬゆえ」
「弁財天のような顔をして男を手玉にとるか」

 だが信玄には千代女が里に戻るつもりも男に縋るつもりもないことがわかっていた。女として男に抱かれながらも毅然と顔を上げ、男の腹を探る。それが甲賀の忍びとしての生き様であり矜持なのだと、理解していた。

「男とは複雑怪奇な女と比べ、実に容易い生き物にございます。特に閨のうちにては」
「おう、おう、恐いのう」

 言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で、信玄は千代女の黒々とした茂みに手をやった。さらに奥へと手を伸ばす。千代女は信玄の背に白い腕を絡ませた。まるで白蛇が巻き付いているように、信玄には思えた。
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