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花菱落つ
第5章 裏切り
 三郎兵衛尉の密告後、すぐに虎昌らは捕らえられ、信玄の前に引き出された。後ろ手に縛られ板の間に膝をつくのは飯富虎昌、長坂昌国、曽根昌世、曽根虎盛の四名。いずれも義信に近しく、音に聞こえた剛の者たちだった。

「何故そなたらが捕らえられたのかわかるな?」

 四人の男たちは顔を見合わせた。この顔ぶれでわからないはずがなかった。問題は、なぜ計画が露見したかということだった。

「なぜ、という顔をしておるな。理由はこれじゃ」

 信玄は男たちの前に、三郎兵衛尉から差し出された書き付けを放った。
 虎昌があっ、という顔になる。それは今朝確かに燃やしたはずの書き付けだった。では、あの書き付けはすり替えられていたのか。そして計画を信玄に漏らしたのは――。
 そのようなことができるのは虎昌の弟、三郎兵衛尉しかいなかった。

「三郎兵衛尉か……」
「誰が、などいうのはどうでもいいことじゃな」

 虎昌は唇を噛んだ。誰が漏らしたかなど、確かにどうでもいいことだった。書き付けを一晩放置したのは虎昌自身だ。自分の屋敷だからと油断した虎昌の責にほかならない。
 六十年の人生の中で、親族による骨肉の争いなど腐るほど見てきたはずだった。たとえ親兄弟でも決して気を許してはならない。そのことを我が身を持って知ることになろうとは、思いもよらなかった。

「わしも『甲山の猛虎』と呼ばれた男。今さら申し開きはいたしませぬ。いかような罰もお受けいたします」
「良い覚悟じゃ。追って沙汰を申し渡す」

 虎昌以外の三名も、見苦しく弁明したりはしなかった。肚を決めた様子が表情からも見てとれる。彼らを義信の側近として選んだ信玄の選択は間違ってはいなかった。ただ、義信に忠義を尽くすあまり、信玄とは相容れぬ方向へ向かってしまったのだろう。残念ではあるが仕方がない。虎昌らは引き立てられ、館の東の外れにある牢に入れられた。おそらく厳しい処罰がくだされることになるだろう。引き立てられる四名を、館にいた者たちは驚きの目で見送った。
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