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花菱落つ
第7章 廃嫡
「待たせたの」

 日が西に傾き始めた頃、正室は義信の居室から戻ってきた。巫女の形をした影が、床に長く延びている。二人は着物を再び取り替え、本来の姿を取り戻した。

「では私はこれにて失礼いたします」
「凪」

 凪が一礼し、部屋を出ようとしたところ背後から名を呼ばれた。凪は体の向きを変え、静かに正室の言葉を待った。

「……世話をかけた。礼を申す」
「いえ」
「また、寄ってほしい。姫もそなたを好いておるゆえ」

 義信と正室の間の一粒種の姫は、美しい少女にしか見えない凪をことのほか気に入り、ともに遊びたがった。戸惑いつつも慣れない雛遊びにぎこちなく応じる凪の仕草は、いつも夫婦の密やかな笑いを誘った。

「かしこまりました」

 義信を東光寺に移した後の母娘の処遇は信玄次第である。しかし基本的には情に厚い信玄が、姪でもある義信正室を粗略に扱うとは思えなかった。おそらく実際の駿河進攻直前までは身柄は安泰のはずだ。父と離ればなれにされるまだ幼い姫の小さな心がこれ以上痛むことのないようにと、凪は願わずにはいられなかった。
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