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花菱落つ
第9章 生生流転
 凪が気づくと、布団に寝かされていた。墨香が濃く狭い室内に漂っている。起き上がり首を巡らせると、文机に向かって義信が書き物をしていた。

「気づいたか」

 凪に目も向けず義信は声をかけた。

「もう、私にできることはないのでしょうか……」

 あの後凪は実力行使に及んだ。正確には及ぼうとした、というのが正しい。義信に刃物を向け、裏山へ連れ出そうとしたものの、あっという間に得物を奪われ、当て身を食らわされて気を失った。武術の基礎を学んだ程度の凪が、川中島の修羅場をくぐり抜けてきた義信に敵うはずがなかった。

「あるぞ。これを明日松に届けてくれ」

 凪は丁重な仕草で男物の扇子を受け取った。扇子は開かずに懐にしまい込む。松という女性の名を聞いたことはないが、義信が扇子を渡すような女性の心当たりは一人しかいない。

「そしてこれは父上に」

 もう一つは折り畳まれた書状。白く上質な紙に義信が何を書き付けていたのか、凪にはわかっていた。死を覚悟した者が詠む「辞世の句」だ。義信の死は目前迫っていた。もう誰にも覆すことのできない悲しい現実に、凪は声もなくただはらはらと涙をこぼした。
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