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浦島と亀
第3章 本当の浦島

 バシャバシャという足音が遠ざかる。


 あたしは浦島に背を向けて着物の乱れを直した。


「あの……ありがとう」

 口をきくのは初めてだったので、ひどく緊張する。


「いや」

 浦島の低い声が、思いがけず近いところから聞こえ、あたしの心臓は早鐘のように鳴った。

 ちら、と盗み見ると、浦島はあたしの髪に触れようとしている。


「見事な髪だな」


 ほどけて背中に流れた髪をひとすじ、浦島は指ですくって言った。


 あの浦島が触れている――あたしは息をするのもやっとで、言葉を口にするどころじゃなかった。


「いつも見てただろう?」

 浦島は指にからめたあたしの髪を口もとに寄せて匂いを嗅いだ。

「なぜ見ていた?」


 あたしは胸が苦しくて堪らなくなった。

 浦島は気付いていたのだ。
 あたしが見つめていることに。
 浦島を眺めるためだけに浜に通っていたことに。


 この男が恥ずかしくて女と口がきけないなんて、誰が言ったのか。


 浦島のたくましい腕が、あたしの腰にまわされる。

 耳たぶに熱い息がかかった。

 その瞬間、雷にうたれたように、痺れる感覚が下腹めがけて走った。


「あっ」


 思わず出た声に恥じらっていると、浦島はあたしの頬に手をあててふり向かせた。


 身悶えするほど恋い焦がれた浦島と、鼻先が触れんばかりの近さで見つめ合っているなんて……もう気が遠くなりそうだった。
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