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貴方だけに溺れたい
第5章 枷
森川の手は陽に焼けて浅黒く、長い指の関節は節張っていてごつごつしていた。
手を広げるとバスケットボールでも簡単に掴めるくらい大きくて、握ると中手骨が大きく盛り上がり、そこは少し変色して硬くかさついているように見える。
それが樹木を扱う事で出来たタコのようなものなのか、怪我の跡なのかは分からないけれど、尋ねる事が出来なかったのはタトゥーと同じ理由だった。
しかし幹に触れるその手つきは、そんな些細な疑問を忘れるほど印象的で、樹木の肌を撫でるように触れる指先には一種の繊細さを感じさせる。
手のひらをぺたりを付けて幹の温度を確かめるように動かさずにいたり、木肌の感触を楽しむように指先を滑らせる事もある。
葵の目にはその動作一つ一つが丁寧で優しく思えていた。
木が好きなんだろうな。
先を歩く森川の手を眺めながら、昨日の葵は漠然とそう感じていたが……。
「しまった……」
不意に脳裏を過った光景に、葵は思わず立ち止まっていた。
森川の居る林道の入口はもう目の前にあるのに、此処に来て、昨夜のとんでもない想像を思い出してしまったのだ。
それは間違いなく、彼の手を思い出していたせいだった。
幹に触れる森川の手や指先、その動きは繊細であるけれど、同時にエロチックな印象を抱かせたのも確かだった。
例えば幹の窪みをなぞるように滑らせる手つきや、縦に出来た亀裂を労るように撫でる指先。
しかしそれは一瞬にして消え去るような想像で、その時の葵は何かを連想する事は無く、ただ普通に前を歩く彼との会話を楽しんでいたはずなのだ。
森川に対して、そんな卑猥な印象を覚えた事さえ、忘れていた。
それなのに此処に来て、しかもこのタイミングで……?
確かに昨夜は彼の目を思い出し、彼の節張った指先に翻弄される自分を想像した……否、想像しそうになったけれど、それは夢の中の過ちのようなもので、寝て起きれば忘れていまうような事だっだはずなのに。
「あり得ない……」
どんな顔して会えばいいんだ……?
葵はじわじわと沸き上がる恥ずかしさと罪悪感を感じつつ、目の前の林道を眺めながら、暫くの間、その場所から進む事が出来なくなっていた。
マイナス思考を引き摺るよりも、質が悪い。