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貴方だけに溺れたい
第6章 フレイヤの化身
"西側の林道"はアカマツが多く分布する雑木林だ。
入口には『ハイキングコース』と表示された看板があり、甃で舗装された道が緩やかなカーブを描きながら続いている。
道の長さは約3Km。高木と低木の枝が重なるように生息している為に日陰が多く、夏場でも午前中のうちは歩きやすい。
葵自身、ウォーキングの時にはこの道を利用していた。
森川の姿を見付けたのは入口を入って間もない頃。
木々の間からちらちらと見え始めた茶色のツナギの後ろ姿は、確かに周りの木の色とよく似ているけれど、目を凝らさなくても見付けるのは簡単だった。
しかし彼に会えるという純粋な喜びはあるけれど、卑猥な妄想は拭いきれていない。
大丈夫だよね?
木の陰に隠れつつ、雑木林の中で作業をしている森川の姿を確かめる。
不安なのは自分の動揺が彼に気付かれやしないかという事。
何しろ私は"顔に出やすい"。
彼はそんな異変を不躾に尋ねてくる人では無いようだけど、確実に察する人だとは思う。
勿論それは漠然とした印象に過ぎないのだけれど、彼のあの目で見つめられると、胸の奥がドキドキとして落ち着かなくなるのは事実なのだ。
平然としてなくちゃ。
動揺する理由なんて無いのだし、たとえ彼が鋭い洞察力の持ち主だったとしても、頭の中まで見抜かれるなんて事は無いのだから。
森川はアカマツの根元に薬剤らしき物を散布している様子だった。
左手には楕円形の黄色いタンク。
顔は保護用のメガネとマスクを着けて俯いている為、周りは殆ど見えていないように思えた。
しかし気配のような物を感じたのか、はたまた単なる偶然だったのか、彼は不意に顔を上げて振り向くと、斜め後方の木から顔だけを覗かせている葵をとらえた。
「……」
偶然?
直線でもまだ5メートル以上は離れているし、足音なんて聞こえるはずも無いと思っていたのに……?