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貴方だけに溺れたい
第8章 根底にあるもの
「いつ戻られたんですか!?」
「ついさっき。明日桜の補強するから様子を見に来たんだ」
「……そうなんですか……」
会わないだろうと思っていたのに……。
しかも自分の運の無さには自信すらあったぶん、不意を突かれたように硬直してしまった。
「考え事?」
「え?」
「だいぶ集中してたようだから」
しかし呆然としている葵に対して、森川はいつもと変わらない様子だった。
シダレザクラの状態を見つつ、ジョギングもする予定なのか、黒のスポーツウェアは普段のツナギ姿とは異なり、彼の素晴らしい肉体が際立って見える。
勿論ひとの身体なんてじろじろと見るものでは無いけれど、森川がより一層格好良く見えているのは言うまでもない。
ただ葵にとっては"久し振り"でも、森川にとっては"たった2、3日"会わなかった程度の感覚なのだろう。
「何か見えてた?」
「……何か?」
「ものすごい勢いで見てたよ。何度か声掛けたけど、まったく気付く様子も無く」
「あ、ごめんなさい……」
「いやいや、何も問題は無いんだけど」
淡々とした口調。
そして持っていたドリンクボトルとスポーツ用のサングラスをテーブルに置くと、一息吐くようにして椅子へと腰を下ろした。
どこまでも自然……というよりも、彼の反応が自分とは異なるというだけの話だけれど、そんな当たり前な事を少し残念に思う自分がいた。
けれど仕事で初歩的なミスをして、家では旦那や姑にイライラして、挙げ句の果てには情けない自分に対してドン底な気分になっていたのだから、"こんな時"に会えた事は奇跡だと思うべきだと思う。
「あ……噂の幽霊らしき人は見掛けませんでしたが……」
「あはは、そうか」
「はい………」
それでも動揺は治まらず、葵は無意識にも彼の旋毛を見ながら言葉を探していた。
どうしよう……。
椅子に座る森川と目を合わす事は無いとはいえ、他愛の無い質問さえも浮かばない。
話題はたくさんあるはずなのだ。仕事の事や桜の状態だって聞いても良いはず。
だけど何をどう切り出したら良いのかが、分からないのだ。