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愛されたいから…
第2章 イルマの思い
俺が出版社を出て最寄りの駅前に着く頃はもう日暮れ時だった。だから俺はまたため息をつきたくなって来ていた。

いわゆる帰宅のラッシュ時間…、出版社からはわずか3駅のところに俺の自宅マンションがあるのだが、このわずか3駅でも痴漢には充分にトラウマになっている俺は電車に乗りたくない気分になって来る。

どうせ誰も家で待ってる訳じゃないし、たまには運動がてらに歩いて帰ろう…

そんな事を思って俺は出版社の最寄り駅を結局無視して家の方向へと歩き出す。歩きながら俺の頭の中は何故か南郷さんの事でいっぱいだった。

指が長くて綺麗な手…、だけど大きくて小さな俺の華奢な手を簡単に包むように握っていた南郷さんの手の感触が俺の手にまだ残っている感じがする。

俺は俺のなりたい理想とする憧れの男に出会って、まるで今の自分が恋している気分だった。

そうやってドキドキとして恋をする感覚を自分で感じる時の俺は、新しい仕事をやる必要もわかっているのだが、自分の本来の仕事である少女漫画の連載が何か描けそうな気分になって来る。

帰って南郷さんの仕事のキャラ図を描いたら、自分の作品のキャラ設定でもやってみよう…

そうやって、何故かいつもより気分がよく出版社からの帰り道を俺は張り切って歩いていた。いつもの俺なら、連載は絶対に無理だと凹み、更にラッシュ時間の電車に凹み、憂鬱な気分で帰る家までの道が今日は気楽な散歩道に感じて来る。

俺が家の近くまで辿り着く頃には完全に日が暮れていた。近所のスーパーで夕飯用に簡単な食材を買って家に帰る。帰るとまずは簡単に1人での食事を済ませて俺は仕事部屋に入っていた。

いつもなら憂鬱な1人の食事、1人の仕事が今日はなんだか気楽にやれる気がしていた。それはストーリーやキャラ設定を自分で考え無くていい仕事だからだ。

それだけで仕事にコンプレックスを感じないって、なんて気楽なんだろう…

だけど気は楽だが気は抜けない。確か南郷さんって人はかなりやり手の編集長だと俺ですらそんな噂だけは聞いている。

『手抜き仕事だとか思われたくないよな。』

俺はそんな独り言を呟いてしまう。俺は仕事中の独り言がどうしても多くなってしまう。流行りの音楽とか知らないし、コンプレックスの塊である俺ははっきり言って友人とかもかなり少ない。
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