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喝采
第3章 おお、友よ
 楽屋を出た谷田部がぐるりと見回すと、案の定ロビーの隅に雫石がひっそりと座っていた。

「玲音!」
「拓人?」

 雫石は谷田部を不思議そうに見上げた。だが不思議に思うべきは谷田部の方だ。

「なんでこんなところにいるんだよ?」
「斉賀さんにチケットをもらった」

 立ち上がろうとした雫石の肩を押さえ、谷田部は寄り添うように隣に腰かけた。すぐ隣に座ると控えめな香りが矢田部まで届いた。

「いつこっちに戻ってきた? まだヨーロッパじゃなかったのか?」
「これを聴いたらまたすぐに戻る」
「そうか。来るならメールしてくれればよかったのに」

 これではメールアドレスを教えた意味がない。そこが雫石らしいという気もしたが。

「すぐに戻るし、メールするまでのことでもないと思った」
「何だよそれ。まったく水くさいぜ。友達だろ? 日本になんか用があったのか?」
「この演奏会を聴きに来た」
「まさか、わざわざこのためにヨーロッパから来たっていうのか?」
「そうだ」
「『そうだ』じゃねえだろ! ヨーロッパと日本なんて一体往復いくらかかると思ってるんだ!?」

 谷田部は思わず大声を出し、慌てて口を塞いだ。ホール中の視線が谷田部に集まり赤面する。

「友達だから」
「え?」
「拓人と僕は友達だから」

 雫石は当然だとばかり淡々としている。雫石は「友達」に対し、あまりにも律儀で誠実だった。「友達」のたった二時間の演奏会のためだけに、ヨーロッパから飛んでくるほどに。

 谷田部は思わずあたりかまわず雫石を抱き締めた。雫石は振りほどこうとはせず、ただ表情を変えることなく抱きしめられるままになっている。
 
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